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81.過去のひずみ(4)


 空気がざわめく。

 それはイフェイオンがロベリアについて語ろうとした時だった。


「――!」


 シェリーは全身から、何者かに見られているかのような視線を浴びたのだ。

 冷たく、冷ややかな視線。


 シェリーはそれを受けて辺りを見回した。


 イフェイオンも口をつぐむ。

 マーキュリーとアンリーが警戒の色を強める。

 フランクウッドが冷静に思考を巡らせる。


「何を喋ろうとしているんですか? ――――」


 それはシェリーとイフェイオンにだけ聞こえた言葉だった。


 シェリーは思う。おかしいと。


 何故、ロベリアがここまではっきりと出てくるようになったのか。その理由が分からないのだ。

 思えば、イフェイオンを救出した後からだっただろうか。


 理由はいろいろと思い浮かぶ。が、しかし――


「…………」


 イフェイオンは目を閉じる。

 呼吸を整える。


「どうしましょうか、このままこの話を続けますか?」


 イフェイオンはフランクウッドに投げかける。


「……この悪寒と何か関係がある? そう言った所でしょうか?」

「……おそらく」

「分かりました。今ここで何かが起きるのは好ましくない」


 フランクウッドはマーキュリーの方をちらりと見遣る。

 マーキュリーはその視線を感じ取ると、一つ言葉を返す。


「正直、実感は湧かないし、やっぱり簡単に信じられそうにもないわ。だから、私の方でも少し調べて考える時間を頂戴」

「そうだね……そうしよう」


 フランクウッドは含みを帯びた様子で言葉を返す。


「なによ?」

「いや、何でもないさ」


 フランクウッドは話を変な方向にもっていってしまったことに反省しつつ、自身の頭が少し、スッキリと冷静になってきたことを自覚する。


 ずっと背負っていた何かが、ふっと軽くなったかのように感じる。

 抱えていたもの、伝えないといけないと思っていたもの、それらを伝え楽にでもなったのだろうか。

 そんなことを考え、自身もまだまだ成長の余地があるのだろうと思いを巡らせる。


 それらがマーキュリーへの返答にも表れたのだろう。


 そうやって話に一区切りがつこうとしていた時だった。


「もう、終わってしまうの?」


 ズッ、ふとシェリーの後ろから腕が伸びてくる。

 そんな感覚に襲われる。


 耳元でロベリアの声がする。


 自身に似た姿だと思っていたロベリアの手、それが自身のものとは似つかない。

 彼女の、ロベリアの輪郭がはっきりしてきているのだろうか。


「……」


 ツー、とロベリアの指がシェリーの頬をゆっくりなぞる。

 冷たい。


 皆はこれに気づいていないのだろうことだけが分かる。


「貴方の顔は可愛らしいわね。ちゃんと周囲から大切にされていて、可愛がられていて、イライラしてくる」


 シェリーの息が上がり、肩が上下する。

 そのおかしな様子を見て、ようやく周囲の人たちがシェリーを心配する。


 でも、それらの呼びかけにシェリーは答えられないでいる。


「このまま、燃やしてあげましょうか? そうすれば、お姉さまはまた、私に向き合ってくれるのかしら?」


 耳元から冷たい息を吹きかけられる。


「ふー――」

「ッ」


 くすくすと笑い声がする。


「私と全てを燃やしましょう?」


 シェリーの背筋に悪寒が走る。

 恐怖が体を優しく包み込む。

 優しくなでてくる。


 子守唄を聞かせてくる。


「貴方の体、私の体……いつか、ね」

「何……を……?」

「さあ?」


 そう言うとロベリアは、シェリーの首筋に優しく嚙みついた。


 それと同時、机の上で動いていた紙切れが燃えあがり、灰と化す。

 そして、シェリーは意識を手放した。



 ◇



「……」


 シェリーが次に目覚めた時には辺りはすっかり暗くなっていた。

 デジャブを感じる。


 シェリーが初めてリリステナに訪れた、と言うよりは保護された時と全く同じ感覚だ。


 しかし、もうアベリアックは居ないのだ。

 街もぐちゃぐちゃになってしまったのだ。


 あれからそんなに経っていないというのに、色々と変わってしまった。

 最も、自分の短い人生はそんなことが多すぎる。


 そんなことをシェリーが考えていると、ふと部屋の隅で読書にふけっている見知った人影が目に入る。


「シュバリエ……」

「おはようございます。お嬢様」


 シェリーはまた天井へと目を向ける。


「マーキュリー様、アンリー様、ユニ・フローラ様には帰っていただきました。フランクウッド様はヒュース様と外でお話をしております」


 シュバリエが唐突にしゃべり出し、シェリーは目を丸くした。

 そしてシュバリエの方に向き直り言う。


「まだ何も聞いていないよ?」

「聞かれそうでしたので」

「よくわかってるね」

「さあ、どうでしょうね」


 シュバリエは、暗い部屋の中で器用に水をグラスに注ぐ。


「明かりを付けましょうか?」


 シュバリエはグラスをシェリーに手渡しながら聞く。

 それを受け取り、一口付ける。


「ありがとう。でも、大丈夫。それより、何があったのか聞いていたりしない?」

「私も多くは知らないのですが、少しであれば話せます。それでもよろしいでしょうか?」


 シェリーは優しく、微笑み。

 思う。


 感謝してもしきれないと。


 それと同時に、また、先ほどの恐怖が心に伝う。


「……うん、お願い」

「……そういえばなのですが、お嬢様は演奏などはお好きですか?」

「え?」


 シュバリエは何かを察し、少しだけ話を逸らした。

 そして、彼女が落ち着くのを待ってから、昼間のことを彼女に話すのだった――。

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