6.彼の意志
控室を抜け、鍵のかかった扉を開き、隠された天井裏への梯子を下す。
こういった面倒な手順を行いたどり着いた場所。そこはごくごく普通の生活空間が広がっていた。
一通りの家具一式は勿論のこと、遊戯に絵画に本の山。幅広い娯楽が、そこには置かれている。
シェリーが梯子を上り切り、服の汚れを払おうと、手首を振るった時だった。彼女はそこで、ピタリと止まる。
辺りを見渡したシェリーは気づく。埃を被ったものが一つもないということに。
「……先ほどのおじいさんは、ここに住まわれているんですか?」
「いや、じいさん……ドルクさんが住んでいるのは隣の家だ」
「……保護施設。ですか……ここは、えっと、ドルクさん……が、お一人で?」
「ああ」
ヒュースは窓の近くまで歩き、シェリーに向き直り言う。
「シェリー・フルール。貴様は何を為し得たい?」
「…………随分と唐突ですね……」
シェリーは息を飲んだ後、淡々と、自分を落ち着かせるようにして答える。
「人魔平等連盟を知っているか?」
「知っていますが、それが今の話となんの関係が……?」
シェリーは眉を相手に悟られないようにしかめる。
ヒュースの試すような物言いは――少し苦手だ。
「……」
なおもこちらを見つめるヒュース。
「人魔平等連盟……狩人が魔女狩りを行い始めてから、それに抗議し、魔女の保護を行っていた団体……という認識で大丈夫でしょうか?」
「ああ……俺は最初、彼らをただの夢想家集団だと思っていた」
人魔平等連盟。魔女を積極的に保護し続け、魔女も人と変わりない。そう人々に訴えかけ、魔女の恐ろしさを世間に広めた集団。
彼らは、保護していた魔女の暴走に巻き込まれ、所属していた人間の大半が悲惨な死を遂げたのだ。
魔女を人と捉え、善意を持って接していた彼らの最後がこれだ。
彼らのことを夢想家や、偽善者、魔女の恐ろしさを世界に知らしめた立役者などと揶揄する者も少なくない。
「思っていた……ですか。ドルクさんや、ここと関係がありそうですね」
「ああ……あの人は、人魔平等連盟に所属し、その壊滅する瞬間に立ち会った人だ」
「…………あの義足はその時に?」
「ああ」
切なげに語るヒュース。
回りくどく、威圧的。それでいてどこか憎めない。
その正体が何なのかシェリーは考える。
「脚を失い、仲間を失い、救った者から裏切られてもなお、彼の者たちの為に立ち上がる……それは何故だと思う?」
拭っても、取れることのない汚れのような不快感と、説教臭いセリフ。それでも思考する脳は一つの答えを導いた。
「――信念……でしょうか?」
◇
開け放たれた窓を見つめ、シュバリエは考えていた。
「おはよう、シュバリエ君」
「ええ、おはようございます。フランクウッド様」
カメラを片手に、手帳をポケットに入れるフランクウッド。彼は、階段を上ってすぐの所で、壁にもたれながら立っている。
どうやら、まだ昼頃だというのに、仕事にひと段落をつけたようだ。
「さて、悩み事があるのなら付き合おう。私も丁度、仕事が終わって暇になってしまったところだからね。話し相手になってくれないかな?」
フランクウッドはカメラを置き、一つ手を優しく叩く。
「…………私は」
「無理にとは言わないさ。だが、ここでずっと立っているのも疲れるだろう。座ったらどうかな?」
シュバリエの元で、軽く優しく微笑むフランクウッド。
「ええ」
シュバリエがソファーに腰かけ、フランクウッドは席に着く前に窓へと近づく。
「もし、気になるようであれば……窓は閉めよう」
「いえ……いえ、やはりそうしていただけると、助かります」
フランクウッドは頷き、窓を閉めた後、静かに席に着く。
「……そういえば、君はあのカボチャが随分気に入ったようだね?」
フランクウッドは視界の端に置かれたカボチャを見つめて言う。
「カボチャ……ああ、アンリー様からいただきましたので。その、私の見た目は特徴的ですので、お嬢様と行動する際に見つからないように、と」
フランクウッドはあまりのおかしさに、軽く笑う。
「何か変でしたでしょうか?」
「いや、私は良いと思うよ? 強いて言うとすれば、カボチャ頭は目立つだろうね」
「なるほど……ですがアンリー様は……」
「はっははは……いや、すまない。彼女も大概ズレてるが、君はしっかりしているようでどこか抜けているみたいだね」
フランクウッドは軽快に笑いながら、シュバリエに非礼を詫びる。
キョトンとしたシュバリエはふいに、気になったことを口にした。
「唐突……と思われるかもしれませんが、フランクウッド様……いえ、ここの方々は、私のことを怖がらないのですね?」
「おや、そんなことが気になるのか。そうだね、正直怖いさ。でも、同時に、とても綺麗だとも感じるからね」
「……そういったものなのでしょうか?」
「ああ、そういったものだよ。それに私の場合は年の功が大きい。色々と見てきたからね……」
左手の薬指に嵌められた指輪を優しくなぞりながら、フランクウッドは口にした。
それは、儚げで、切なげで、明確な意志がこもっているようである。そう、シュバリエは感じ取る。
理解ではない何か。それは、シェリーについて考えている時と似ているように思えた。
「さて、年の功のついでだ」
「何がついでなのですか?」
「はは、気にしないでくれ。君の悩みを当ててみよう。そう言いたかっただけだよ」
軽やかに、それでいてしっかりとこちらを気遣ってくれるフランクウッド。
どことなく、自身の目標のようで、あるべき姿で、望まれた形なのだと考えてしまう。
「悩み……そんなものを私は持ち得るのでしょうか?」
「じゃあ当ててみようか。君は、自分が何なのか分からない。そして、シェリー君に置いて行かれるのが酷く怖い。違うかな……?」
シュバリエは息を吞む。
「……流石ですね」
「ゆっくりでいい。少し私に話してみてはくれないだろうか?」
この人になら話してもいいのかもしれない。そんな気持ちが確かにあった。
「ええ、少し……長くなってしまうかもしれませんが」
こんばんは。
特定の方に向けてになってしまいますが、いつも更新のチェックをしていただきありがとうございます。
私自身、投稿頻度を少し上げたいなどと考えているのですが、仕事の兼ね合いや作品の質を保つという意味でも、しばらくは現状のままだと思います。
そこで、今後は旧Twitter(X)の方で投稿したことをお知らせできれば、などと考えております。
ゆくゆくは、キャラクターについての言及(キャラクター同士の関係性や考えている事、好物だったり悩みだったり)しようと思っていますので、興味があれば是非。一度覗いてみてください。
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