78.生きた魔導書、あるいは歴史書
驚愕といった表情を浮かべたまま半ば、放心状態へと陥るマーキュリー。
「言った通りだ。もう、我々が同行できるレベルを優に超えている。もっとも、この情報が事実であればだがね」
マーキュリーは少し考えてから、上体を正しフランクウッドへと向き合った。
「仮にこの情報が真として……いや……これは……」
しかし、彼女の思考は纏まらない。
「…………いや、やっぱり少し待って」
そう、断りを入れ、マーキュリーは押し黙る。
その様子を不安そうにシェリーは見つめ、その後、アンリーの方へと視線を送る。
シェリーのその視線に対して返ってくるアンリーの反応は、首を横に振ることのみだった。
「……」
「……」
そのシェリーの様子を見て、彼女の手をぎゅっと握りしめるユニ・フローラ。
暫しの居心地の悪い沈黙と、静寂。
それを切り裂いたのは、やはりマーキュリーの回答だった。
「私たち狩人は……これらの、情報……を知らない。それなのに、こうだと判断することは出来ない……けれど」
「そもそもとして、実感もスケール感も分からないだろう。現実味がないとでも言うべきか?」
「…………そうね」
マーキュリーは、フランクウッドからアンリーへと視線を移す。
「……」
再び、フランクウッドを見つめるマーキュリーの視線。
それは、何がとは言えないが、確かなモノに満ちている。
そう感じられるようなものだった。
「あんたたちが集める情報に、今まで間違いはなかった。今回もそうなんでしょうね」
「そうか……ユニ・フローラさん。貴方は、魔女について、この計画についてどれくらい知っていますか?」
それは、ユニ・フローラというよりもマーキュリーに話しかけているかのような問いかけだった。
「………………あなた方がどこまで知っているのかはわかりません。ですが、まずは……直接見ていただいた方が早いでしょう」
彼女は、一枚の何の変哲もない紙切れを取り出した。
「話しはそこからです。見ていただいた後に、全てをお話ししましょうか……魔女について、ディガードについて、そして、彼が成そうとしていることについて」
その視線は鋭く、フランクウッドを穿つ。
彼はそれに対して、深く頷く。
「やれるだけのことはやる」そう言った意味だろう。
「お願いします。どうか我々に、貴方の知りえる情報を教えていただきたい……」
「分かりました」
ユニ・フローラが紙切れを優しく握る。
その直後――仄かな光が淡く光り出し、手の中のそれは姿を変えていくのである。
薄く、ペラペラな小さな紙の切れ端。それに光が吸収される度に、それは膨らみ、動きを見せる。
内側から空気を送られたかのように丸くなったかと思えば、それが粘土の様に形を変える。
その動きはまるで心臓が脈打つかの様に有機的で、どこか悍ましく、神秘的で美しい。
魔女の力と言うのは、こういうものなのだろうか。
――動き、蠢き、形を変えて、それは一つの蛇へと変わる。
「シィー……」
「なに……これ…………」
マーキュリーは驚きと言った表情を浮かべる。
いや、フランクウッドにアンリーもだ。
それは理解していたとしても、実際に見て初めてその異様さを理解できる。
そういう類の物である。
そう、彼らは直感的に理解した。
「……それでは、始めましょうか。あなた方の言う【創造の魔女】とやらが、今までに起きたことを、全て、お伝えしましょう……」
◇
その始まりは今よりもずっと昔のことだった。
約千年程の時の流れを辿り、そこに置き去りにされた一つの物語とでも言うべきか。
歴史に記され、残されはしたものの、そこに残った人々の生活や、歴史、文化、想いそのどれもが、今は形を成していない。
それは、生きた歴史書とでも言うべきユニ・フローラ。
否――イフェイオンにも言えること。
生活水準は決して低くない、むしろ今よりも優れた、かつての文明。
そこに生まれた一人の王女。それは人の道を外れた者。
それこそがイフェイオンであり、始まりの魔女、あるいは創造の魔女と称されることになる人物だ。
そして、そんなイフェイオンを理解し、研究し、魔術を生み出し、広めたのがディガード。
今から、話すのは、そんな彼と彼女、そしてそれらを取り巻く人々の物語であり、それらがどう繫栄し滅亡したのかを語る歴史でもあるのだろう。
「正直、私が初めて魔法を使った日のことは、あまり覚えていません……」
イフェイオンは語り出す。
「ですがその日、魔法を使って、それらと遊んでいたらどこからともなく、悲鳴が聞こえてきたんです……――」




