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77.信じたいもの

約2600字程


「少し前に、私を助けてくれた魔女の話をしただろう……?」


 コンスタンスがフランバートたちの元に着いた頃、彼らはそんな話を始めていた。

 「助けてくれた魔女」その言葉が耳に入り、コンスタンスの足が自然と止まる。


「ええ、まあ……」

「その魔女と言うのが――罪火の魔女だった」


 コンスタンスは目を見開いた。

 思えば、罪火の魔女を協会が追うようになってから、一度だけ罪火の魔女が、ただの民間人の家に滞在していたことがあった。


 それの人物こそが、フランバートだ。

 何故、今の今まで忘れてしまっていたのだろうか。


 当然と言えば当然ではある。

 なんせ年月が経ちすぎているのだから。


 それに、当時こそ、聞き込みを何度も行ったのだろう。

 しかし結果は、彼は全くの無関係だったということ。

 これは協会内の資料にも残っていた。


 コンスタンスは固唾を呑んだ。


 ただの偶然かもしれない。いや、ただの偶然である可能性の方が高いだろう。

 しかしながら、気になってしまう。


 先の魔女たちによる行進が行われ、協会内の様子も不穏と化している現状に現れた、罪火の魔女に関わった協会が知る唯一の一般人。

 直感は告げる。彼に関わっても新たな情報は得られないだろうと。

 しかし、理性は告げる。今すぐホーンロッツの元へ向かい、このことを報告すべきだと。


 コンスタンスは踵を返す。

 一歩、また一歩と、同じテンポで歩き出す。


 彼の術式が光を発し、その歩幅を段階的に速めていく。

 コンスタンスは気づけば、無我夢中になりながら、ホーンロッツの元へと向かっていたのだった。


「……今のは」

「どうかしたかね……?」

「あ、いえ……続きをどうぞ」


 コンスタンスが去っていくほんの一瞬の後ろ姿。

 それは、音もなく、気配もなかっただろう。

 それでも、カトールはそれを何気なく感じ取っていた。


 それが魔女アレノスがもたらした雨の影響なのかは分からない。


 一瞬の不安を紛らわせるかのように、彼はフランバートの話へと戻るのだった。


「……私は、どうしても伝えなければならないんだ……ありがとうって」


 フランバートは自身のよぼよぼの手のひらを見つめ、そう呟いた。

 その様子にカトールは、少し眉をしかめながらも、どこか胸に引っかかるものを感じる。


「…………それは……いえ、なんとなくわかります……」


 複雑で不明瞭な気持ち。

 それを読み取ったのか、フランバートは空を見上げながら、カトールに質問を投げかけた。


「……君は、私たちをここへと連れてきた魔女について、どう思った?」

「え……? それは……」


 あの魔女に助けられた。そう言いたいのだろうか……。

 ふと、そんな言葉がカトールの脳裏に過る。


 助けられた、のだろうか……。


 実際。あの時、あの魔女に掴まれこの場所へと飛ばされなければ、きっと自分は今ここにいない。

 あの魔女が、何故この場所へと自分たちを連れ去り、何もしなかったのか。


 そんなことを考えれば考えるほど、とめどない不安が自身を襲い、気持ち悪くなる。


 ――助けた。


 そんな言葉を聞けば、疑いたくはなるが、納得は出来る。

 ただ、これを納得してもいいものなのだろうか。


 魔女は悪だ。

 この考えは、今でも変わっていない。


 だってそうだろう……。

 聞き及んだだけども、あの魔女たちの影響によって街が、人々の暮らしがどれほど壊されたことか。


「……」


 カトールは悩む。

 その様子を見て、フランバートは続ける。


「私はね……家に賊が入ってね……殺されかけた。あの時、あの子を逃がそうとしたんだ……」

「……そうですか」

「ああ。それでいて、彼女が魔法を使って賊たちを炭へと変えた。おぞましかったよ……孫を、娘たちを殺した魔法だった……」

「…………なのに、感謝を……?」


 フランバート俯き黙り込む。


「あの後、どれほど狩人たちに質問攻めを受けたか……どれだけ、周囲から冷たい視線を向けられたことか……」


 長い沈黙。


「だけどね、彼女は魔法を使わずに、私を置いて逃げることだってできたかもしれない。もしくはもっと上手く魔法を使えば、魔女であることがバレずに済んだかもしれない……」

「……それは……」

「何度、思ったか……君が、あの大厄災を引き起こしたのか、仮に引き起こしたとして、どんな気持ちだったのか……私と過ごしている間に何を感じていたのか……」


 フランバートの声は震えていた。

 その様子を見て、カトールの感情も「ぐちゃぐちゃ」になっていた。


 ――分からない。


「でもね、彼女と初めて出会った時、彼女も……一人だった……悲しそうで、寂しそうで……いつから、魔女だったのかも……分からない……!! でもね……私は、確かに……彼女に救われたんだ……!!」

「……!!」

「私は……もうじき死ぬだろう。怖いんだ。彼女に、感謝も伝えられず……保護者らしからぬ振る舞いをしたまま……彼女の心の傷になったかもしれないまま……この人生を終えるのが……怖いんだ……」


 地面が濡れる。

 それは、年齢にそぐわないような涙だった。


 彼が、そんな涙を流していいのかも、そんなことを口にしてもいいのかも、何もかもが分からない。

 もしかしたらカトールは、フランバートを止めるべきなのかもしれない。


 しかし……その一粒一粒が物語っているのだ。


 彼が――今までどれほど悩んでいたのかを…………。


「…………手伝いますよ」

「え……?」

「俺があんたの足になる……だから、あんたの気持ちを俺にもっと教えてくれ……!!」

「いや……それは出来ないよ」

「ここまで、あんたは話したんだ……!! 俺はそれを聞いてしまった……心を動かされてしまった……!!」

「――!」


 フランバートはしわくちゃで、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、少し思い悩んだ後に、にこやかに笑う。


「私は……何を返せばいい」

「俺に……魔女について考えるだけのきっかけを下さい……フランバートさん」

「私にできるかは……分からない…………それでも、君を頼らせてくれるかい?」

「ええ」


 それは決意に満ちた表情だった。

 それに、フランバートは頷いた。


「ありがとう……よろしく頼む」

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