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74.楔


「そんな死人でも会ったみたいな表情してどないされたんですか?」


 ホームバイツは軽く笑う。

 その様子に、ホーンロッツは少し、眉を寄せて後ずさる。


「…………なんで戻ってこおへんかった」

「そんなこと今は良いじゃないですか。俺、隊長と話したいことがあるんで、聞いてくださいよ」


 ホームバイツが歩み寄る。


「話したいこと……? なんや、いきなり」


 ホーンロッツは、手を強く握りしめる。

 ――話したいこと、話せなかったことは自分にもある。


 少し、少しだけでも……また、話せるのなら。


「ええ、俺も……隊長に対して素直になれていなかった、そう思いまして……」


 ホームバイツが軽く首を傾げて、手首を横へと向ける。

 風が吹き付け、どこか寒々しい空気が周囲を満たす。


 下を向き、奥歯をぎゅっと噛む。

 ホーンロッツの左手は、気づけば自身の視界を覆い隠し、眉をゆっくりかいていた。


「俺だって……」


 ――やめろ。


「隊長……いや、ロッツ。なあ、また昔みたいに……」


 ――やめろ。


「俺だって、お前と……もっと……!」


 ――それ以上、耳を傾けるな。


「ロッツ……悪かった、俺はどこか――」

「――ホームバイツは死んだ」


 その言葉に、ホーンロッツの方が静かに上がり、目が大きく見開かれる。

 酷く聞きなじみのある声。


 それが背後から聞こえたのだ。


「ロッツ、後ろなんか見いひんでええやろ? な?」

「目を背けるな……お前が、お前の指示でホームバイツは死んだ――」


 ホーンロッツの背後から無数の気配を感じ取る。

 それは恨み、憎しみ、憎悪。そういった負の感情が重りとなって肩へと、足へと纏わりついてくる。


「助けて……」

「苦しい……」

「嫌だ……」


 それらもまた、聞き覚えのある声だった。

 かつての仲間と言うべきだろうか。いや、そう呼んでもいいものなのだろうか。


 今でもたまに夢を見る。

 傭兵として過ごしてきた、あの日々のことを。


 自分の指示で、自分の決断で、一体どれくらいの人間を殺してきただろうか。

 どれくらいの人間を殺め、殺させ、失い、見捨てただろうか……。


 あの場所で、狂うに狂えなかった自分を、今でも呪いたくなる時がある。


 命を救われ、狩人になって、人の役に立とうとして、仲間を大切にしようと努力した……のか。


「俺の命は、どれくらいの重みで出来とるんや?」

「さあな。だが、お前は死ねない。いや、死なせない。ほら、耳を傾けてみろ」


 ホーンロッツの肩に、見覚えのある手がのしかかる。

 自身の声がそう言ってくる。


 その言葉通りに、耳を背後へと傾ければ傾けるほど、目の前のホームバイツの幻影が、どんどんと薄れていく。


「隊長……」

「ロッツさん……」

「置いてかないでください」


 皆、聞き覚えのある声だ。

 いや、俺が死なせた部下たちの声だ。


 背後に立つ――自身の幻影。

 それが、ホーンロッツの腕を強く押さえつけ、肩を強く握りしめる。


 そして、耳元でこう口にする――


「――死にたくない」

「――ッ!!」

「いいか、ホームバイツだけが特別なわけじゃない」


 ――分かってる。


「なら、前を向け。過去を振り返るな……」


 怨霊とでも呼ぶべきそれが、自身の背中を強く押す。

 その衝撃で体が前へとよろめき、消えかかっていたホームバイツの幻影を完全に消し去ってしまった。


「未来を歩めなかった者たちの分も、お前は背負え。そして、思考を巡らせろ」

「せやな……この状況自体が既に非常識や……」


 そうだ。この状況は非常識なのだ。

 死者の幻影に、自身と同じ姿の何者か……それらと会話を交わして、違和感を抱くことのなかった数秒前の自分。


 全てがおかしい。


 ――仲間の屍を背負っていけ。


「……今のは……なんや」


 かすかに聞こえた最後の言葉。

 それを皮切りに戻ってくる視界。


 風がやけに肌寒い。

 気味が悪い。


 ホーンロッツは深く目を閉じ、考える。


「……あの魔女か」


 数日前に対処した、一人の魔女を思い出す。

 これは直感としか言いようがないが、どこかあの魔女が使う魔法と今の現象が酷似している。

 そう感じたのだ。


「……でもなんで今更? 魔道具か……? いや、そんなはずはない……」


 今は考えても仕方ないようにすら思える。

 しかし、どうも――


「――きな臭い」


 怪しいことが多すぎる。


「一度、コンスタンスと合流すべきか」


 ホーンロッツは再び、ホームバイツが死んだ場所へと視線を落とす。

 そして、一言。


「――――」


 風にかき消されるかのような言葉を残し、彼はその場を後にした。

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