73.傍にいる
「お前がな……!!」
王城の中、この国のトップであるカレディアに襲撃を仕掛けたヘケロンとそれを仕留めんとする一人の兵士。
仲間はやられ、王の側近は今にでも手をかけられそうな状況下。
自身を縛り上げていた蠢く無数の腕や手を振りのけて、やりたい放題の賊を目掛けて下す鉄槌。
ああ、なんと素晴らしいシナリオだろうか。
正に英雄譚そのものと言えるだろう。
何と心が躍ることか。
素晴らしい。
素晴らしい。
実に――素晴らしい。
ああ、本当だとも。
素晴らしくて、素晴らしくて……――
「――笑みがこぼれそうだ……!!」
一言だ。
ヘケロンはたった一言呟いた。
「――ッ」
兵士の額から気色の悪い汗が流れた。
後ろから、寒気を感じる。
まるで、死神にでも睨まれているかのような恐怖を感じる。
恐れ……恐れだ。
剣を振り下ろしているのは自身の方だというのに。
兵士は固唾を呑んだ。
一秒が、数秒にも、数十秒にも感じるほど、恐怖が全身を殴打する。
目の前の仮面の男から感じる無邪気と、見えない表情が見えてくるかのような感覚。
思考が混乱する。
気持ちが悪い。
「だが……!」
ヘケロンはほくそ笑む。
「――この体はもっと素晴らしい……!!」
それは、コートルが部下に防御態勢に入るように指示を出すより速く、まさに刹那の出来事だった。
コートルが傷つけたローブの隙間から漏れる闇。
そこから無数に這い出てくる腕。
それらが瞬く間に広がり、凄まじい質量が、その場にいる全員の視界を埋め尽くす。
「陛下……!! 私にしっかり掴まっていてください……!!」
物理的に暗転していく視界と、薄れゆく意識の中で、コートルはぎゅっとカレディアを握りしめる。
◇
「かはっ……!」
「おっと、すまない……すまない。ついつい興が乗りすぎてしまっていたようだ」
ヘケロンはニタニタとした声でそう謝ると、力強く握りしめていた兵士の首から手を放す。
コートルが次に目を覚ました時に広がっていた景色。
それはあまりにも絶望的な状況だった。
辺りに溢れる、脈打つ肉塊のような黒と、それらに体を包み込まれている仲間の姿。
たった今解放された、ヘケロンに斬りかかろうとしていた兵士と、その首に浮かび上がる大きく赤い跡。
そして――
「――!!」
それに気づき、コートルはどうにか動こうと試みた。しかし、指の一つも動きやしない。
自身も飲み込まれているのだろう。そんなことがよくわかる。
「くそ……!!」
それは、コートル自身でも驚くほどに、声にならない声だった。
「勝手に始めた戦いではあったが、まずは感謝を伝えよう……」
ヘケロンは片手を横へと大きく広げ、もう片方の手を胸元に軽く置き、深々と頭を下げる。
「さあ」
彼の目の前にひしめく、樹木のように絡まり合った無数の手。
「さあ、カレディアよ……」
「やめろ……」
首を縛られていた兵士が腕を伸ばそうとする。
しかし、彼もまた、腕は思うようには動かないと言った様子だった。
「私と、楽しい取引をしようではないか」
ヘケロンは顔をあげ、目の前で縛られているカレディアの顔をまじまじと覗き込む。
「……拒否権はないのだろう?」
カレディアはヘケロンから目をそらし、微笑を浮かべながらに問いかける。
「拒否しても構わない。最も、君を慕う彼らが無事で済むかは分からないがね?」
「人はそれを、拒否権がないと言うんだよ」
暫しの沈黙。
「そうか。あいにく、私は人ではない故に……」
「ふっ……そのようだ」
それは最後の抵抗だった。
咳込んでしまいそうながらに、見栄に威勢に威厳を乗せて、カレディアは強く答えて見せる。
「君の提案を受け入れよう……私を打ち負かした不届き者よ」
「ああ、感謝する。カレディアよ……」
カレディアと彼を守ろうとしたコトールたちは今日、理不尽にも勝負を仕掛けられた果てに、敗北を喫したのだった。
◇
ホーンロッツはコンスタンスと暫し行動を別にし、アベリアックを討ち取った……もとい、ホームバイツたちが死んだ診療所跡地へと出向いていた。
「すまんかったな……バイツ」
花を手向け、酒をその場に撒く。
そして別れの言葉を口にし、ホーンロッツはその場を後にしようとする。
「もう、行ってしまうんですか? 隊長さん?」
「――ッ!」
それはホーンロッツにとって、酷く聞きなじみのある声だった。
飄々としていて、どこか胡散臭く、それでいて子供のころからずっとそばに居た友の声。
「なんでや……なんで、お前がここにおる……?」
ホーンロッツは振り返り際にそう口にした。
「バイツ……!」
そこには、死んだはずのホームバイツの姿があった。
先日は大変ご迷惑をおかけしました。
あの後症状が悪化したのですが、現在、脚の痺れ眩暈等は残るものの、ある程度は落ち着いてきました。
今後は、体調管理にも、できる限り気を付けるようにします。




