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70.上に立つもの

今回は少し短いです。


「陛下、こちらが先の魔女による街への被害と、狩人たちの配置、およびその動きです」

「ご苦労様」


 兵士のハキハキとした声とは違う、やや擦れたような弱々しい声が返ってくる。

 そこに居るのは、青年の様に若々しく、それでいて虚弱を思わせるかのような顔をした、この国の王だった。


 枝のように細く、不気味なまでに白い腕で、兵士から差し出された報告書を受け取る。


「はっ!」

「…………」


 王と呼ぶには、あまりにも頼りなく、弱々しい。

 そんな印象を受ける彼も、今年で四十程となる。


 国中の医師に掛け合っても、治すことが出来ないと言われた不治の病。

 それでも、国を導ける兄弟を戦争で失い、国民たちをなんとしてでも導かねばならぬ立場にあった不幸な国王。


 まさに、病魔に、責任に、重圧にと、その身を侵され続けた鎖の奴隷。

 そしてそれを救ったのがディガードだった。


 それでも――


「――何をこうも焦っているのか……」


 報告書を封筒へと戻すと、国王は自身の体へと視線を落とす。


「君は、何をしようとしているんだい? 私は君を知らなさ過ぎたのだろうね」



 ◇



「お初にお目にかかります。カレディア陛下」


 複数の兵士に囲まれながら、寝室で胸を押さえてうずくまる国王。

 そんな彼に声をかけたのはディガードだった。


「……ゲホッ……ゲホッ…………君が、私の病を止めることのできるという医師か……?」

「ええ、私であれば可能でしょう」


 なんとも胡散臭い。しかし今は戦時中ゆえに、ここで倒れるわけにもいかないのだ。

 だからこそ、それは藁にもすがるかのような想いだった。


 しかし、そこは仮にも国王だ。


「だが、私には、君がこの病を治せるようには見えない。勿論……! ……人は見掛けによらないのだろうが……」


 国王もといカレディアは咽び、その様子を心配そうに見つめるも、その場を動くことのない兵士たち。

 そんな彼らにカレディアは手をあげ、無事であることを示して見せる。


 最も、平気なわけではないのだが。


「ええ、私は魔術師をしております」


 周囲の兵士は、その言葉へと眉をしかめてみせるものの、カレディアはゆっくりと手をあげ、彼らを落ち着かせる。


「魔術師? あまり、聞きなれない言葉だね。具体的には……何が……できるのかな?」

「そうですね……であれば、魔術の一端をお見せいたしましょう」


 そう言うと、ディガードは懐中時計を取り出して見せる。


「それは……?」

「時計にございます…………さて、それではこちらをご覧になっていてください」


 振り子のようにゆらゆらと揺れる時計。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四――。


「なっ……!?」


 時計がカチカチと音を立てながら、左右に揺れて数回目。

 懐中時計は揺れの一番大きな位置で、その動きを完全に止めていたのだ。


 当然、秒針を刻む音はしない。


 手からぶら下がったチェーンが、普通では考えられない位置で制止して、重力そのものを無視しだす。

 その異様な光景に、周りの兵士たちもどよめき、いつでもカレディアを守れるようにと、臨戦態勢へと移行する。


「皆、やめなさい……彼は客人だ」

「……はっ」

「……ありがとうございます。カレディア陛下。しかしながら、こちらだけでは、ただの指遊びかも知りえません」

「……どういう意味かな?」

「言葉通りにございます」


 ディガードは固まった懐中時計を高らかに掲げ、地に落とす。

 すると、ディガードの指から離れた懐中時計は、重力を思い出したかのように、するりとチェーンを垂らして落ちていく。


 そして、それが地面に当たるよりも少し前。


 ――パチンッ!!


 しかし、ディガードが指を鳴らした瞬間、その懐中時計はまた動きを止めたのだ。

 それも誰も触っていない空中でだ。


「……いかがでしょうか? カレディア陛下」


 当時は、その誘いに胸を躍らせていた。

 もしかしたら、この人なら自身を救い出してくれるかもしれないと……。


 否、実際に救い出してくれた。


 それ故、それ故にだ……。

 ディガードの最近の行動は、普段の彼とは違う。そう思えてしょうがないのだ。



 ◇



「…………一度話し合う必要があるか……」

「すまない、彼に伝令を届けておくれ」

「はい、かしこまりました!」


 カレディアは兵士にそう伝えると、天を仰ぎ見るのだった。

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