5.減点イケメン
「い~や~だよ~……! 駄犬なんかにシェリーちゃんを任せたくないよ~」
目の前に腕を伸ばしながら、アンリーはシェリーと横並びに歩いていた。
「駄犬……ですか? アンリー、流石にそれは……それに、フランクウッドさんも、信頼できる右腕と」
フランクウッドに与えられた仕事。しかし、シェリーには経験がない。
そこで、フランクウッドが信頼を置く人物と共に、魔女エレナ・クロードを探すことになった。なったのだが、アンリーのこの反応である。
グルルと、今にも何かに噛みつきそうな勢いである。
「あんなの駄犬だよ! 一緒に仕事してると事あるごとに減点減点って!! もう、ヤダ!! 最低! 減点野郎!!」
「それは……」
「おい、大声で、それもこんな街中で人の悪口とは……随分とお行儀がいいみたいだな?」
シェリーが不安の声を漏らしてすぐのこと。彼女の背後から、酷く冷たい声がした。
「ひっ、で、出た!! 駄犬の減点イケメンだ!!」
「なんだその珍妙な名称は!」
「もーう、そんな怒んないでよ。ヒュース先~輩~」
アンリーは彼に何かを言われる前に、呼び名を改めた。
黒い髪に冷えた目をした美形の男。どうやらアンリーにヒュースと呼ばれた彼が、フランクウッドの言っていた人物のようだ。
「てか、な~んで待ち合わせ場所にいないわけ?」
「お前が通り過ぎた場所が、その待ち合わせ場所なんだよ」
ヒュースは、自分たちの後ろの方にある、小さなパン屋の看板を眉をひそめながら指さした。
寝そべったヤギを必死に持ち運ぼうとする鷹が描かれた看板。観葉植物と思われるものが店の前に並び立つ、古き良き趣がある店。
「…………てへっ」
「ふざけているのか?」
わなわなと拳ができそうで、できない手を作るヒュース。いつにもなくふざけだすアンリー。
そんな二人を見てシェリーは笑う。
「ふふ、お二人は仲がよろしいんですね?」
ヒュースとアンリーはしばらく互いを見つめ合った後に言った。
「「全然違う!!」」
◇
客の出入りを知らせるベルの音。戸を開けばふっくらとした芳ばしい香りが三人を出迎える。
「じいさん。少し、奥の部屋を貸してくれませんか?」
「ああ、ヒュースか……ちょいと待っとくれ」
ヒュースが、随分とガタイの良い、年老いた店主に話しかけると、彼は読んでいた新聞をそこに置き、何かを取りに店の奥へと入って行った。
「あの、ここは……?」
シェリーが辺りを見回しながらアンリーに聞く。
「ん~? 魔女の為の一時的な保護施設? ってところかな?」
アンリーは淡々と答える。
「ま…………」
シェリーは喉から出かかった言葉を必死に抑える。きっと、ここで口にしてはいけない言葉。そう思ったからだ。
「アンリー……減点だ。どこで誰が聞いているかも分からないんだぞ? 迂闊な発言は控えろ」
「えー、誰もいないじゃん」
「そういう問題の話じゃない」
「うん、ごめん。気を付けるよ……じゃ、案内も終わったし、私は先に戻ってる」
いつもの直向きに明るく、優しいアンリーではない姿。どこまでも冷め切ったような、無気力ともとれるような態度に、シェリーは少し困惑した色をみせる。
そんなシェリーのことを気にも留めていないのか、アンリーは一人、そそくさと店を後にした。
「おい、アンリー! ……はぁ、まったく……」
「あいつは変わっとらんな……」
鍵を手にして戻って来た店主は、呆れた心配をアンリーに向ける。
「あれでも、あいつなりに頑張っているんですがね……」
「人生のありかた、か……そんな大それたもの。頑張った程度じゃ手に入らんさ……」
「貴方ほどの人が言うのであれば、きっとそうなのでしょうね」
店主は「よせ」そう一言発した後、ヒュースに鍵を手渡し、定位置に戻る。
丁寧に新聞を開き、目をしかめた後、眼鏡をかける。
「ちっ、字が潰れとる……」
「帰りにパンを買ってきます」
ヒュースが店主に声をかけると、店主は邪魔だと言わんばかりに、ひらひらと手を上に振り上げた。
それを見て、ヒュースは店の奥の方へと向かっていき、慌ててその後をシェリーは追った。
「え……?」
店主の横を通り過ぎる際、何気なく彼を見つめたシェリーは驚きの声を漏らす。
彼の片脚が粗悪な義足で補われていたのだ。
立ち止まるシェリー。それを見て、何かを察したのかヒュースは言う。
「話は全て、奥でする。とっとと行くぞ。シェリー・フルール」
「……はい」




