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66.皆、視野が狭い


「…………ヒュース、いつまで続けるつもりだ」


 ヒュースが剣を振り続けること数時間。

 どれほどの時間、魔術を使い続けたのだろうか。

 どれほど、無理な動きを続けたのだろうか。


 少し、動きを止めれば、視界が揺れ、腕が痺れ、脚が崩れそうになる。

 これらが無意味とは言わない。しかし、ここまでやっても、圧倒的に得られるものは少ないだろう。


 思考を放棄して剣を振るうだけでは――。


「……!」


 ヒュースは気づく。

 日が沈み始めていることに。

 自身の体がとうに限界を告げていることに。

 喉が枯れて声が上手く出せなくなっていることに。


「馬鹿たれが……」


 そう言うと、ドルクは水をヒュースに向かってまき散らし、続けざまにタオルをヒュース目掛けて投げつける。

 それがヒュースの顔に当たっては、痺れた腕にひらりとかかる。


「ゆっくりその場に座れ……刃先に気を付けろよ」

「…………はい」


 その声は弱々しくかすれており、その様子を見て、ドルクは眉間にシワを寄せた。


「全く……どいつもこいつも世話が焼けやがる……」


 ドルクはヒュースの元へと向かい、彼の双剣を預かる。


「てめえは何になりたいってんだ? 俺みたいな頑固な老骨にでもなりたいってか?」

「……あなたは、頑固な老骨などでは……」

「はぁ……いいか、ヒュース。心がくじけそうになった時こそ、深呼吸を挟め……そんでもって冷静になってから考えるようにしろ」

「それは……」


 双剣を地面に刺しながら、それを支えにドルクはヒュースの前でかがんで見せる。

 その鋭い視線で、目の前の子羊をじっと見つめた。


 その眼力は正に獅子や鷹のようだった。


「戦場では、誰よりも冷静な奴が生き残る。閉所での急な接敵の際には何を選ぶべきだ?」

「ナイフなどの……取り回しの良い武器です……」

「共に戦っていた仲間が死んだ。それでお前は動揺するのか?」

「……いえ……その場でとれる行動を思案します……」


 ドルクはため息を吐き、ヒュースから視線を逸らす。


「てめえはまだ若い……だから難しいかもしれねえが、まずは焦るな……これだけは覚えとけ。いいな?」

「……俺に、できるでしょうか?」

「知るか。そんなもんは、てめえで考えろ」


 ドルクはふらつきながらも立ち上がり、引き抜いた双剣に付いた土塊を払いのける。


「……」


 ヒュースは手足の痺れを確かめるように、自身の指先を見つめる。

 ドルクの吐いた言葉の意味。それは至極当然のこと。


 しかしながら思う。そんな当たり前のことが出来る人間が、どれほどいるのだろうか……と。

 だからこその「まだ若い」という事なのかもしれない。


「チッ……」


 ドルクは思う。ヒュースは難しく考えすぎで、常に必要以上の意味を見出そうとしていると……。

 しかし、それも含めてまだまだ「若い」ということなのだろう。


「嫌な思い出させやがって……おい、ヒュース」

「はい」

「俺は、てめえが死んでも悲しまねえ……だからお前も、俺が死んでも悲しむな」

「――それは……」

「言葉通りだ。青二才……」



 ◇



「そういえば、お礼がまだだったわね」


 気分も良くなったのか、ユニ・フローラは少し明るくシュバリエに言う。


「何のことでしょうか?」

「色々あるけれど、一番はシェリーちゃんを守ってくれたことかしら」

「それで言えば私も、私を産み落としてくださったことに感謝しなければなりませんが?」

「……そうね」


 「産み落とした」その言葉にユニ・フローラは反応する。


「ねえ――」

「ただいま」


 シェリーが帰って来たようだ。


「おや……」


 シュバリエは立ち上がり、シェリーの元へと向かう。

 その様子を見て、ユニ・フローラもハッとしたように続いて歩く。


「おかえりなさいませ。お嬢様」

「お帰り。随分早かったわね?」

「ただいま。ちょっと取り込んじゃってたみたいだから、お話はまた明日だって……」

「……そう」


 シェリーはユニ・フローラと一緒にいた時よりも――いや、シュバリエと共に過ごすようになってからだろうか。

 とにかく、ユニ・フローラは彼女が少し活発になったように感じていた。


 それは喜ばしいことであり、少し寂しい事であると同時に、今が行き着く未来を一番想像できる者として、とても心苦しくもある。

 つまるところ、ユニ・フローラはシェリーたちと一緒にいることを選んだが、それがどれくらい続くのか、その道の結末が何なのかを知らないのだ。


 彼女たちと共に行動すると決めて早々に、シェリーの中に自身の妹であり、国を滅亡にまで追い込んだロベリアがいることが明らかになった。

 そして、ヘケロンがまだ生きており、裏で何かを画策していることや、ディガードが成そうとしていること。

 それらもまた、今の彼女にとっては考えを纏めるのに大量の時間を要するものだった。


 自身が使える特別な力と、その力によって生まれたシュバリエ。ただの少女だと思っていた少女が、ディガードの息がかかっていた事実。

 そして、在りし日の約束を記憶を失いながらも成そうとしているディガードの姿……。


 自身と彼が離れていた間に何が起きたのか。何故ディガードはユニ・フローラのことすら忘れてしまっているのか、何故シェリーがこれらに――考えても切りがない。


 ずっと同じ思考をぐるぐると回るだけだろう。


「……」


 シュバリエと楽しそうに話すシェリーをユニ・フローラはただ見つめ、ふっと笑顔を見せた。


「……ずっとは続かないからこそ、今を大切にしないとね」


 それは儚い独り言ながらに、確かな――確かな重みのある言葉だった。

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