65.まるで花のよう
「なによ、急に……」
「ん~? 急でもないんじゃな~い? ま、それはそうとさ……ご一緒してもよろしくて?」
アンリーが冗談めかして笑う。
それに対して、マーキュリーはどこか後ろめたそうに、片腕を抑え、目をそらす。
「何よ、その口調……」
「さあ? 何だろうね?」
アンリーは地面へと視線を落とし、つま先の先を見つめる。
足を動かして、何でもないかのように言う。
それが、マーキュリーにとっての救いであると同時に、胸を締め付ける棘でもあった。
「で、どうするの?」
「え? ……どこいくの?」
「適当!」
アンリーは今日一番の笑顔を見せた。
◇
かつんかつんと、足音が反響するトンネルの中でアンリーとマーキュリーの二人は、僅かな逃避行に興じていた。
「ここも、今は寂しいね」
アンリーが、トンネルの出口を背にして言う。
手を大きく広げ、差し込む逆光を目一杯体で浴びて、楽しそうにその場でくるくると回る。
その姿は、まるで無邪気な子供のようだった。
「そうね」
その様子を見て、マーキュリーは呆れたように笑みを浮かべる。
このトンネルも普段は、人や荷車が行きかい、薄暗いながらも賑わいを見せていた。
もっとも、普段であれば、こうやってトンネルの中でふざけたり、足音の反響を楽しむことは出来ないだろう。
「ね、マーちゃん?」
「なに?」
「私はマーちゃんのこと、凄いと思うよ」
アンリーはいつも、急に真面目な話を始める。
「さっきまで、ふざけていたのに?」そんな感じで茶化せたならどれくらい良かっただろうか。
さっきから、胸の奥が痛んでしょうがない。
「……別に、この言葉で傷ついてほしいわけじゃないよ」
「え?」
「私はさぁ~? やりたいことも、信念も、目標も、叶えたいものも……何もない。だからさ、目標に向かおうとしているマーちゃんは凄いと思うよ」
マーキュリーは押し黙り、足を止める。
ぐっと言葉を飲み込んで、頭を振って思考を飛ばす。
「ねえ、マーちゃん。私は本当に凄いと思ってるよ。例えそれが、仮初だったり、浮ついた思考だとしても……」
「なんで、それを……」
それはマーキュリーにとって、意外な言葉だった。
確かにアンリーはマーキュリーの祖母のことについて、知っていた。
しかし、その奥の本心については、一度も話したことがないのだ。
「ん~? 分かるよ、なんとなくね」
アンリーはくるりと周り、出口の方へと体を向ける。
「私はさ、先生みたいにはなれないけどさ……流石に、大好きな親友の考えてそうなことくらいは分かるよ」
マーキュリーは息を呑む。
胸の奥の痛みが、ざわめきに変わる。
マーキュリーは、「親友」という言葉を素直に受け取っていいものかと葛藤する。
唇を強く噛み、視線をそらして、腕を強く握りしめる。
「今、無理に全部を飲み込まなくてもいいよ。ただ、覚えておいて。私はマーちゃんのことを凄いって思ってるって」
「……ええ」
それがマーキュリーにとって救いになったのかは分からない。
しかしながら、彼女が考えるためのきっかけには、確かになったのだろう。
◇
人がほとんど寄り付かないような郊外で、何かに取り憑かれたかのように剣を振るう人影があった。
「はッ! はッ!」
それは、ヒュースと新聞を片手にその様子を見ているドルクだった。
「おい、ヒュース。ちっとは休め……」
「……」
ヒュースは汗を拭い、呼吸を整える。
「いえ、俺は……強くならなきゃならないので……」
「なら、そんな無意味なことをすんじゃねえ。お前には魔術があるんだ……ちっとは頭を使え」
ドルクは新聞を乱雑に開くと、そのまま新聞へと目を落とす。
ヒュースの頭の中にあるのは、ただ強くなりたいという渇望だけだった。
いつぞやの数えきれない後悔が、脳を焼く。
自身の不甲斐なさから生まれた焦りを燃料に、痛む体を突き動かす。
今まで戦ってきた者たちの言葉を思い出し、牙を剥く。
【加速】それを最大限生かすべく、体に動きを思考を叩きこむ――。
「チッ……下手に焦りやがって……」
ドルクはヒュースを睨むように、ちらりと見遣る。
「そんなんで、フランクウッドさんが喜ぶわけもねぇだろうにな……はぁ……」
キレが格段に良くなったヒュースの動きを見て、ドルクは眉をしかめた。
「なんだって今頃、あいつに奴らを重ねなきゃなんねぇんだ……」
いろんな感情が混濁して、最終的に怒りと不安がこみ上げる。
それもそのはずだ。あの戦場で置き去りにしてきた、部下たちの面影がヒュースと重なって見えてしまったのだから。
「…………クソが……」




