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61.何気なくもない話


「じゃあ、行ってくるね」

「ええ、お気をつけて」


 シュバリエはリリステナへと向かうシェリーを見送る。


 あの夜が過ぎ去った後、シュバリエたちは一度リリステナへと戻ることになった。

 その日はユニ・フローラの件、赤ずきんが持ち帰った情報の整理、今後の立ち振る舞い、それらについて少し話し合ったが、答えをすぐに出すことが難しく、事件が起きた後ということもあり、その日は一度解散する運びとなった。


 そして今日、シェリーだけリリステナで話をすることとなった。

 シュバリエとユニ・フローラはお留守番ということらしい。


「さて……」


 シュバリエは本を取り、ユニ・フローラの元へと向かう。

 そして、カーテンの隙間から零れる光を見つめ、ただ虚ろを見つめる彼女の近くにシュバリエは座る。


「まだ、落ち着けませんか……?」


 部屋の中は仄暗いが、シュバリエは本を開く。


「……ええ、シェリーちゃんの中にロベリアがいる……とてもじゃないけど、信じたくないわ」

「……そうですか」


 シュバリエはページをめくる。

 シュバリエからそっけない態度を取られ、ユニ・フローラはシュバリエの方を見た。

 そして、視界に一つの本が映る。


「あなた……その本は?」


 「巡り巡って」それは童話のタイトルだった。


 初めは子猫だった野良猫が、知らない野良猫から魚を貰い、成長し、街を巡る。

 青年や配達員、泥棒、お婆さん、小さな子供にカラス、とにかく色んな登場人物に猫が出会い、それらを知っていく。

 そして、その旅の果てで野良猫は老い、一匹の子猫に自身が獲った魚を譲る。


 話としては、一匹の野良猫が街を探索するだけなのだが、その内容の濃さから子供よりも大人に人気がある稀有な作品として評価されていた。


「これですか? フランクウッド様に借りておりまして」


 シュバリエは嬉しそうに、本の表紙を撫でる。


「あ、いえ……あなた、本を読むの?」

「なるほど、そちらでしたか……ユニ・フローラ様。貴方様の想像通りですよ。ただ……」


 シュバリエは言葉を選ぶ。


「ただ?」

「なんだか、格好よくはありませんか?」

「え?」


 それはあまりにも予想外の回答で、ユニ・フローラはその言葉の意味を理解し、少し笑いをこぼしてしまう。


「ごめんなさい……格好いいから?」

「ええ、こうやって部屋の中で、落ち着いた雰囲気で読書を嗜む。なんといいますか、大人……と言った感じがしませんか?」


 ユニ・フローラは呆れたように笑う。

 大人らしいと言うには、あまりにも子供らしい理由だった。


「その本、少し貸してもらえるかしら? 私も読んでみたくなったの」

「ええ、どうぞ。その間に何か飲み物でも淹れてきましょう。リクエストがあればお応えしますよ」

「任せるわ」


 「では」シュバリエはそう口にし、立ち上がる。

 キッチンの方へと向かい、茶葉を用意する。

 彼が選んだのは、透き通った赤が美しい、香り豊かな紅茶だった。


 お湯を沸かす。ふつふつと音がする。


 その間、ユニ・フローラは童話を声に出して読んでいた。


 紅茶を注ぐ前にポットとカップを温める。


「中々、童話らしくありませんね」

「そうね」


 ポットに大きめの茶葉を入れ、蒸らす。大体、三分弱程だろうか。

 少し薄味の紅茶。だが、今はそれが良い。

 ポットの中を軽くスプーンでかき混ぜる。香りが広がり、心の奥が温まる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 シュバリエは、カップに紅茶を注ぎ、ユニ・フローラに差し出した。


「うん、美味しい」

「……巡り巡って、ですか。童話と言えばそうなのですが、些か登場人物が生々しくはありませんか?」

「そうね。それに終わり方もどこか釈然としない……シュバリエ、あなたはどう思う?」


 ――子猫に魚を譲った野良猫は、そのまま飢えて死にました。しかし、そこに後悔も悔いもありませんでした。なぜなら、昔を思い出せたからです。


 物語はこの文章で幕を閉ざしている。


「正直、もう終わるのか……そんな感覚ですね。でも、余韻は好きです」


 ユニ・フローラは少し意外そうにした。


「そっか……私は、もっとハッピーエンドが好きかな~。ま、これは私の意見じゃないのかもしれないけれど……」

「それでもいいじゃありませんか。私も尊敬している方がいますので……」

「……なんだか、私はあなたを誤解……? してたのかもしれないわね」


 ユニ・フローラは紅茶を軽くかき混ぜた。


「シュバリエ。貴方は貴方なんだなって……貴方はディガードとも私とも全然違う。貴方は貴方よ」


 残った紅茶を飲み干すと、カップの綺麗な白が顔を出す。


「……そうですか」


 シュバリエは、ただ穏やかに、そう答えた。

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