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60.雨に溺れる(2)


「メリシア……その血は何だ……?」


 後ろからした妹の声に振り向いたアグスは、警戒の色を強めた。

 そこに立つメリシアの寝巻に、返り血と思われるものがべったりと付着している。

 何より、メリシアがここまで、杖も無しに歩いてきたことが不思議でならなかった。


「さあ、何でしょうね?」

「……」


 アグスは剣を握りしめる。


「……私を斬りますか?」

「返答次第だ……何があった?」

「返答を待ってくれるようには、とても見えませんね」


 メリシアは目を閉じて、穏やかにそう言った。


「……」


 その仕草に、アグスの動きが一瞬止まる。


「……どうされました? お兄様、私がお父様とお母様を殺したことは明白でしょうに、まだ、受け入れられませんか?」

「……」

「そんな剣まで持っているというのに……?」


 アグスは沈黙を続ける。


「ふふ……お兄様はお優しいのか、現実が見えていないと言うのか……私が皆を殺しました」

「何故、そんなことを……?」

「…………私は、魔女ですから」


 そうメリシアが口にすると、暗闇の奥から刃物がゆらりと浮遊しながらやって来た。


 アグスは目を閉じ、目の前の全てを飲み込むように受け入れようとする。

 自身の妹、いや……妹だと思っていた者は、いつの間にか魔女になっていたのだ。


 ――受け入れる、受け入れるつもりだ。それでも、アグスは動揺を隠せないでいた。


「もう一度聞く、なんでこんなことをした」

「魔女だからですよ――」


 ――銃弾の如く飛来する金属をアグスは弾く。


「……魔女」

「……そういえば、お母様を殺した時、あの人は泣いていましたね。お父様は私に謝罪をしてきました」


 アグスはその言葉に反応する。

 それを見て、メリシアは言葉を続けた。


「……そうですね、滑稽でしたよ。実の娘だと思っていた私に殺される瞬間の顔は――」


 ――メリシアがそう口にした刹那。メリシアの視界が一瞬暗転し、気づけば天井を見上げる形で地面に倒れていた。

 メリシアの上にはアグスがまたがっており、首筋には剣先が触れていた。


 実に冷たい。


 冷たい鋼鉄と視線に、メリシアは心を締め付けられる。

 メリシアは息を呑んだ。


「殺しますか?」

「ああ」


 メリシアはアグスから視線を逸らし、剣を見た。

 そこに反射する自身の姿は、人の形を保っていた。しかし、メリシアにはどうも、それが自分の姿とは思えずにいた。

 瞬きをすれば、次の瞬間には怪物に変わるんじゃないかと思えるほどに。


「……最後に言い残すことはあるか?」


 最期に向けられた情けに、メリシアは驚いた。

 喉の奥から、本心が出そうになる。

 今までの事、受けてきた仕打ち、アグスが知らないような色んな事が、喉の奥底から出そうになる。


「…………貴方の妹は、ずっと昔に死んでいましたよ」

「……そうか」

「ええ――」



 ◇



 あの事件の後、アグスはその足で狩人へと連絡を取り、メリシアが魔女であったことが狩人によって証明された。

 どうやら、両親はメリシアが魔女である可能性を知りながらそれを隠していたらしく、貴族としての爵位は剥奪となり、アグスは単独で魔女を討伐したことから、協会よりスカウトを受けることとなった。


 魔女と言う存在に直面し、何度も考え、一つだけ答えが纏まった。

 魔女の区別はつきにくく、知り合いや家族が魔女だった時、それを殺すことはとてもじゃないが難しい。


 身内の姿をした怪物の処理が苦しみを伴うのならば、自身が代わりに魔女を殺す。そう、アグスは決意した。


 そして、魔女と対峙する日々を送るうちに、奴らの凶悪性をまざまざと目の当たりにし、次第に憎しみが増えている気がしてならない。


 アグスは、避難所の惨状を目に焼き付ける。


「俺が必ず、魔女を消す……!」


 アグスがこぼした独り言。

 それがマーキュリーにはヒュースの姿に重なって見えた。


「……アグス、あまり気を張りすぎないようにね」

「ああ」


 雨が降って来た。

 光をたくさん溜め込んだ、綺麗な雨だ。


 その後、狩人たちは行方不明になった住人の捜索と、死者数の把握、魔女の死体処理等の事後処理に追われることとなる。


 不可解な事象と、一抹の不安、水面下でディガードが計画を進める中、この事件は後味の悪い終わりを迎えたのだった。


【古き魔女の行進:終】

【次章:錆びゆく群青】

メリシアについても深堀しようと執筆しておりましたが、後味とweb小説との相性が悪く、割愛させていただくことにいたしました。

機会があれば載せるかもしれませんが、それをするにしても暫く後になると思われます。

何卒ご理解いただけますと幸いです。

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