4.初仕事(1)
「改めて、初めまして。シェリー君。怪我の具合は……大丈夫なようだね」
「おかげさまで、一命を取り留めることが出来ました。改めてありがとうございました」
夕暮れ頃。電気をつけるかも怪しいくらいの時間帯。
現在、仕事から戻って来たフランクウッドが、シェリーと話をしている所だった。
「ドクターの方には私から話しておこう。彼も中々に不自由な暮らしをしているからね」
「助かります」
「はいはーい、ちょいと失礼しますよっと。アンリーちゃんお手製の紅茶セットでございますっ!」
堅苦しい空気をぶち壊すべく、紅茶を二人の元に運ぶ赤ずきんことアンリー。
しかし、そんな様子でも二人は動じることなく感謝を伝えると、アンリーは目を丸くした。
「わーん、シュバリエ―! 二人が冷たいよ~」
別室で読書の真似事に興じるシュバリエの元へ、アンリーが泣きつきに行ったのを見て、フランクウッドは呆れた様子だった。
コホンと咳ばらいをし、本題に戻るフランクウッド。
「君も分かっていると思うが、私たちが君を助けたのは、ただの優しさからじゃない」
「ええ、存じております。マーキュリーさんは私を追う狩人から隙を作るため」
上機嫌なのか、フランクウッドの目が笑う。
「マーキュリーさんは……か。なるほど聡い子だ」
マーキュリーとここリリステナは協力関係にある。だがそれは、利害の一致という点で成り立つもので、その目的は異なっていた。
狩人と魔術師の存在に疑問を抱き調べる為に、魔女を助け、情報を操作し、根回しをするマーキュリーと、魔女が民衆に受け入れられるように奮闘するリリステナ。
終点がある者と、終点のない者。それらが互いに利用し合っているだけに過ぎない。
「私からの要求はただ一つ。君たちに、私たちの仕事を手伝ってほしい。もし、断ると言うのであれば……分かっているね?」
脅しのようにフランクウッドは言う。しかし――。
「フランクウッドさん。貴方はマーキュリーさんとの協力関係にあります」
マーキュリーの目的は、シェリーが生きていること、逃げ続けることを望んでいる。
それを独断で追い出したとなれば、マーキュリーとの関係にヒビが入ることは明白。
で、あれば、フランクウッドがとるべき行動は、脅しではなく――。
「お見事。我々が提示できるものは二つ。君に衣食住を提供すること。そして、仕事中に君が把握した情報を無断で利用する事の黙認だ」
「それは、口に出してしまっては意味がないのでは?」
「さあ、何のことやら」
義姉の手掛かりが欲しければ働くことだ。と暗に示している。なるほど、であれば。
「仕事、と言うのは具体的に何を?」
「私たちは探偵だ。それも、人探しを専門とするね」
「実際の所は?」
「魔女に手紙を届けることだ……」
胸ポケットから取り出した一通の手紙をフランクウッドはシェリーに見せつける。
その目は先ほどまでの物とは変わり、実に真剣な物だった。
「分かりました。それだけの条件。そして何より命を助けていただいたのです……その要求を受けましょう」
「そうか……シェリー君。これから、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。フランクウッドさん」
◇
「あっらためまして~、リリステナの良心ことアンリーだよ。よろしくねシェリーちゃん」
「よろしくお願いします……」
アンリーに連れられ、リリステナが所有する寮の中を案内されるシェリーとカボチャを頭に被って歩くシュバリエ。
「うーん。やっぱり君、堅くない?」
「堅い、ですか……申し訳ありません」
「あー! もう、謝らないで! 私には幼気な少女を虐める趣味はないの! そう、大人としてね」
胸をポンと叩き、誇らしげに振舞うアンリーは実に滑稽だった。
その様子を見て、シュバリエは少し考えてから発言する。
「アンリー様、日が暮れてから随分経ちました。ここは一つ、大人らしく、お淑やかに振舞ってみるというのはどうでしょうか?」
「な、なるほど……流石シュバリエ……大人だ」
どっちもどっちだ。などとシェリーは思いながらも、少し困惑する。
堅苦しいと言われても、そこまで親しくもない相手。それも、打算的に自身を助けた人たち相手に、そう上手く振舞える気がしないのだ。
自分に比べてシュバリエは……などとシェリーは思う。
彼の、異形の人という本来なら恐怖を覚える見た目だというのに、周りと打ち解けられる力は貴重だ。
こんな魔女としての悍ましい力じゃなく。あのような自分から人と打ち解けられる力があれば……などと考えれば考えるほど、ドツボにはまる。
「じゃあ、そうだなー。今日から敬語禁止……は、難しいか。そうだ、私のことさん付け禁止ね?」
「え?」
落ち込むシェリーにもアンリーは臆することなく、話しかける。マイペースで空気が読めない。
でも、彼女の笑顔を見てると、なんだか気持ちが軽くなる。
「……っ」
そんなこと無理だ。と、喉まで出かかった言葉をシェリーは飲み込んだ。
「えっと、これからよろしくお願いします。アンリー……?」
「うん! よろしくね!」
アンリーはいつでも笑う。そんな彼女に釣られてか、シェリーもまた、柔らかに笑うのだった。
◇
「シェリーは、私がいなくても平気なんだね……」
「お姉ちゃん……?」
淡い光の中で、靄がかかったかのようにぼやけて見える義姉の姿に、シェリーは疑問を抱いていた。
「シェリーは、私の事なんて忘れちゃった……?」
「違うよ、ちゃんと探しに行こうと思って……」
「また、何もかも失っちゃうね」
義姉のように見えていたそれはいつの間にか、自分の姿に変わっていた。
彼女が指を鳴らす。
「――ッ!!」
それは突然の事だった。繰り返されるあの日々の中に突如放り出されたのだ。
一瞬、体が光ったかと思えば一瞬のうちに全身が焼けこげ焼死体と化した賊の姿と、それに怯えて逃走する――焼死体。
その光景に理解を拒む老父の姿。
「この力を使えば、あなたの姉と、はぐれる事なんてなかったのにね?」
後ろから聞こえる声に、シェリーは振り返る。
頭からつま先まで、血の抜けるような焦りとやたらと冷たい汗。
そこに移るのは、炎を思わせるかのような、灰色の焦げたドレスで身を包んだ自身の姿。
「あなたなら、あんな狩人たちを燃やし尽くせたでしょうに……どうしてやらなかったの?」
「それは……――」
彼女はシェリーの唇に指を当てた。
「あなたが、姉を危険に晒したの――」
「――ッ!! はぁ、はぁ、はぁ……夢…………?」
シェリーが飛び起きた。それは短い悪夢であり、在りし日の自身であり、自身の力の根源であった。
「お嬢様……?」
「あ、ごめんなさい……起こしてしまったわね」
椅子に腰かけ、眠っていたであろうシュバリエはそっと立ち上がり、シェリーの元へと歩み寄る。
「どうやら、怖い夢を見てしまったようですね?」
シェリーの首筋に伝う冷や汗を、優しく指先でふき取った後、シュバリエは優しく問いかけた。
「ホットミルクはお好きですか?」
「……ええ」
それなら、とシュバリエは立ち上がりキッチンの方へと向かっていった。
暖かで優しいミルクの匂いが立ち込めた後、シュバリエが戻ってくる。
ホットミルクと砂糖が入った壺を木製のトレーの上に載せ、近くの机に置いた後、ランタンにほのかな明かりをくべる。
続いて、ベッドの近くにサイドテーブルを用意し、シュバリエは、再びトレーをそのサイドテーブルの上に置いて言う。
「私も、ようやくお砂糖とお塩の区別がつくようになりました。それがこんなにも早く役に立つとは……頑張った甲斐があるというものですね」
「少し前まで砂糖と塩の区別がつかなかったの?」
「お恥ずかしながら……」
シェリーはくすりと笑った後、シュバリエに、砂糖は纏まりながらもけばけばしていることが多い、塩は纏まりながらもよく見ると、どことなく角ばっている事が多いと説明して見せた。
「なるほど、そのような違いがあるのですね……知りませんでした」
「シュバリエは何でもできそうなのに、意外と抜けているよね?」
「実に困ったものですね?」
「自分の事でしょ?」
シェリーとシュバリエは笑う。
「ささ。ミルクが冷めてしまわぬ内に、どうかお召し上がりください」
「ありがとう。シュバリエ」
砂糖を一匙、ミルクに落とす。表面に走る白い膜を破り、じわじわと溶け出す砂糖を、優しくかき混ぜる度、甘くて優しい匂いが辺りを染めた。
匙に残ったミルクを落とした後、トレーに戻し、ホットミルクに口を付ける。
じんわりと広がる温かさ。
「美味しい……」
「それは何よりです……気持ちは落ち着きましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「それは何よりです。私はしばらくこうしていましょう」
「ねえ、シュバリエ……」
「……やっぱり、何でもない……」
シュバリエは少し考えた後にシェリーに語り掛けた。
「で、あれば。話したくなったときは、何なりとお呼びください。いつでも、貴方の傍で話し相手になる所存です」
「ありがとう……」
シェリーは目を丸くした後、少し悲しそうにそう言った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次の話は2025/08/06 6:00に予約投稿しますので、良ければそちらも見ていただけると嬉しいです。
それではまた。




