52.造花(1)
シェリーは仮面を外して、イフェイオンの方へと一歩踏み出す。
「ダメ! 来ないで……」
その言葉にシェリーの肩が上がり、その場で立ちすくんでしまう。
「ユニ、お姉ちゃん……?」
「あ……いえ、ごめんなさい。その……」
イフェイオンは少し考えてから口にした。
「この部屋は……魔女を閉じ込める仕組みになっているから」
「お嬢様、少しお下がりください」
シュバリエは優しく、シェリーを自身の後ろへと誘導し、イフェイオンへと向き直る。
「お初にお目にかかります、ユニ・フローラ様。私はシュバリエ」
シュバリエはカボチャを取り、そっと、扉に手を当てるシュバリエ。
「今から、貴方を拘束している術式の抑制を行いましょう」
イフェイオンはハッとしたように目を見開き、胸をぎゅっと握りながら俯いた。
「……分かったわ。お願い、シュバリエ……」
シュバリエが触れた扉の縁に光が走り、徐々に歪んでいく。
魔術と言うよりは、結界にも近いそれを一時的とは言え、シュバリエは簡単に無力化してしまう。
シュバリエに命を与えたのはイフェイオンだ。
しかし、彼を作った人物は違う。彼は、人類初の魔術師だった。
資料などは何もない。あるのは根本的に違う存在として生きる魔女の言葉だけ。
そこから彼は魔術を編み出し、更には根源への干渉も可能としてしまったのだ。
イフェイオンはシュバリエが結界に穴を作り出したのを見て、思い出す。
あの一輪の花を貰った時の――想いを。
◇
「イフェイオン、僕に君の血をくれないか?」
「え、嫌……それにキモイ。近づかないで」
肌寒い塔の中に設けられた牢屋。そこに面会にやって来たディガードは、開口一番そう言った。
「私は仮にも王女よ? そんな態度取っていいと思ってるわけ?」
「二人だけなんだから別にいいだろう?」
決して二人だけとは言えない。
周りには監視の騎士が三名立っており、イフェイオン、もしくはディガードが何かをしようものならすぐさまに抑えに来るだろう。
イフェイオンの視線の先に気づいたのか、ディガードは穏やかに言葉を口にする。
「彼らは俺の部下だ。実質いていないようなものだよ」
「いや、そうはならないでしょ」
見張りの騎士たちも、少し苦笑い気味に頬を引きつらせている。
相変わらず、ディガードはどこかふざけた男だと、イフェイオンは思う。
「ま、部下だけど何かすれば拘束されるだろうけどね」
てへっと、ふざけるディガード。
前言撤回。ただの馬鹿なのだ。このディガードという男は。
「はぁ……それで? なんで私の血が欲しいわけ? 答えようによっては殺すわよ?」
「いや、魔女の血は根源に近しい性質を持っていそうなんだ……だから、それを調べたい」
真剣な面持ちでそう答える彼を見て、イフェイオンは少しズルいと思ってしまった。
「……いいわよ」
「え?」
「だから、血……採っていいわよ……」
なんだか、自分でそんなことを言うのは少し恥ずかしい。そう思えて顔が赤くなり、自然とディガードから目を逸らすイフェイオン。
幽閉されているとは言え、イフェイオンは一国の王女だ。
そんな彼女が、一国の王女である彼女がだ。
求められたからとは言え、必要だからとは言え、研究のためとは言え……騎士団の副団長なんかに血をあげるなどと……――
「――!!」
ふと目が彼と合い、背筋に何かが走ったかのように、体が硬くなる。
「……えっと、その……あまり、痛くしないでね?」
まだ血を抜かれたわけでもないのに、頭から血の気が引いていくかのような気分だった。
「ありがとう、イフェイオン」
それから暫くしてのこと。雨上がりの午後。
窓から刺した、雨粒と風が消え、暖かな日差しが虹を運んでいる。
それが、窓に設けられた鉄格子から、よく見える。
「お前たち、今から目にする物は、現状他言無用で頼む」
遠くでディガードの声がする。
「程度にもよります。ディガード様のことは信頼しておりますが、我々も王命ゆえ……何卒」
「ああ、わかっているさ」
王命……。
「やあ、イフェイオン。空気が澄んでいると思わないか?」
その言葉の意味を考えるよりも前に、彼が来た。
きっと、私の返しを期待しているのだろうけれど、今のイフェイオンにはそんな気力などないでいた。
「…………何を持ってきたの?」
「……ああ、この花を君に送ろうと思ってね」
穏やかにほほ笑みながら、ディガードは一輪の赤い花を取り出した。
何処かで見たことがあるようで、きっとこの世に存在しないであろう一輪の花。
「これは? ……待って、それよく見せて……」
腕を拘束されている彼女の代わりに、その花を彼女の顔の近くまでもっていくディガード。
「ねえ……これ……」
イフェイオンは息を呑む。
「ああ、根源に干渉する力を持っている……はずだ」
その言葉は、天地をもひっくりかえせる程のものだった。




