47.状況整理(2)
「いや、一度戻ろう」
フランクウッドは、先ほど引っかかった、二つ目に整理した術式について再度考える。
一つ目の術式が、仮に電気をストックしておくような物だとしたら、二つ目の術式は残りの術式全体を動かすスイッチのような物。
しかし、二つ目の術式には、スイッチを起動させるためのスイッチが組み込まれている、そんな構築になっている。
明らかに無駄なのだ。
フランクウッドは、自身のメモへと目を滑らせる。
「ここは……根源への接続か……いや……違う。根源を操れる魔女、そのものとのパス?」
ゆっくりと、ペンを取る。
ゆっくりと、机の上に広げた書類を片手で押しのける。
術式を記した紙を手に取り、メモ帳の真っ白な一ページに書き綴る。
・一つ……魔女の魂の回収と貯蔵。
・二つ……根源を【イフェイオン】【ロベリア】二名の魔女の魔法を奪う。
・三つ……この都市に住まう人間の解析。
・四つ……三つ目の術式を元に分解と再構築を行う。
「……いや、素人の憶測だ。もっと慎重を期すべきか……情報が足りないな」
現状では何もかもが不明瞭なのだ。
黒幕として、ディガードが最も怪しくはある。狩人協会の設立に大きく関わっており、おそらくシェリーの義姉イフェイオンを秘密裏に捕らえているのも彼だ。
「いや……情報はむしろ、知りすぎているくらいか……」
シュバリエが居なければ、そもそもこの術式についてもイフェイオンという存在についても、ディガードがその彼女の対処に当たり、生かし続けていることも知りえなかっただろう。
それに黒幕に関しても、ヘケロンがフランクウッドたちを欺いて、秘密裏にことを進めている可能性だって、十分にあり得ることだ。
否……その可能性は低い。
そもそも今暴れている魔女との関係性だって……いや、あるはずだ。
いくら考えたって……そうじゃない。
フランクウッドの頭の中で今まで会話してきた人物の会話や仕草、話に出てきた人物の情報が渦を巻く。
フランクウッドは目を閉じる。
……………………
………………
…………
「私は怖いのだ……」
フランクウッドは、ヘケロンの仕草を声のトーンを口調をその全てを模倣する。
――何が怖い。
「彼の邪魔をすることが……私は、聡くあるべきなのだ」
――彼とは。
「古き友人だ」
――。
フランクウッドはいつもの調子で、たくさんの手帳が並べられた引き出しから、目当ての手帳を一つ取り出し、その文字列に指を滑らせる。
・ヘケロン・オディクス
年齢不明。
魔術師の家系と広く関係を持つ。
フランクウッドは、そのメモのとある一文に線を引く。
・「魔術師たちは、彼を古くから存在する魔術師だと口にする」
フランクウッドは、ただ冷ややかに、その目を文字へと滑らせる。
柔和な面影などはそこには存在せず、あるのは、謎を解き明かすという意地と、彼の過去の面影だけだった。
◇
フランクウッドが謎解きに勤しんでいる間に、一つ、白い影が動き出す。
アンリーだ。
「先生、ごめんね……?」
アンリーは扉をくぐり、外に出る。息を殺す。ヒュースに見つからないように。
そして、軽やかに屋根へと上っていく。
赤い街並み、明るいパレード、最初とは打って変わった醜い旋律の数々。
そのどれもを差し置いて、アンリーは協会へ向かって、小さな友人を助けるために駆けていく。
◇
「お嬢様、少し休憩にいたしましょうか?」
「大、丈夫……それ、と。今はフクロウ、って」
肩を大きく震わせながらシェリーは、フクロウの仮面とヘケロンが作ったローブを纏って駆けていた。
隣を走るシュバリエは、カボチャを頭に被りながら、涼し気に並走して見せる。
「そうでした、フクロウ。申し訳ありません」
遡る事、数時間前。シェリーたちがフランクウッドの元を後にした頃。
シェリーはシュバリエにカボチャを被り、服装を変えるように指示していた。
「――お嬢様、何故、わざわざこれが必要だと?」
ローブを身に着け、仮面を身に着けるシェリー。
「狩人に見つかった時の攪乱に使えると思って」
「と言いますと?」
シュバリエは、花が潰れないように、カボチャを頭へと慎重に装着する。
「私は何処まで素顔が割れてるのか分からないけど、シュバリエに関しては絶対にバレるでしょ?」
「そうですね」
「変装って意味もあるんだけど、見つかった時に、影に隠れて衣装を脱いでから再度現れる。すると相手視点では、急に敵が増えたように見えるでしょ?」
「なるほど、そのための変装。というわけですね?」
シェリーは一つ頷いた――。
「――はぁはぁ……はぁ……」
あれからここまで、狩人とは一度も出会ってはいない。
しかし、シェリーの体力は既に限界を迎えそうになりつつあった。
「フクロウ……やはり、私があなたを担ぎましょう」
「大……丈夫……」
シェリーは尚も走り続ける。そんな様子を心配するシュバリエと――
「そうだね~、できるだけ体力は温存しないとだよ? フーちゃん?」
「…………赤ずきん? どうして、ここに……」
「えっへっへ~! この赤ずきんは、大切なフーちゃんを助けるべく、参上した次第にござい~ますっ!」
赤ずきんはシェリーたちと並走しながら、おどけてみせた。




