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3.疑念点


 シュバリエに手を引かれ、シェリーが事務所の方に顔を出す。

 いくつかのデスクと、壁に貼られた事件に関する情報の数々、整理された書類。

 そして、中央に設けられたソファー。マーキュリーはシェリーに気が付くと、ソファーの背もたれから体を乗り出し、軽く手を振った。


「先ほどは失礼しました……罪火の魔女こと、シェリー・フルールです。どうぞ、お見知りおきを」

「……あんた何歳?」

「十四です」

「……そう……いい? 周りからどう教わったのかは知らないけれど、おいそれと魔女であることは口にすべきじゃないわよ?」


 マーキュリーの指摘は正しい。自身の名前を伝えるのは良いことだろう。

 しかし、魔女であること、ましてや二つ名の魔女であることを明かすことは自殺行為にも等しいと言えるだろう。

 私は、他の魔女と区別するために、狩人自らが名前を付けた危険な存在です。そう言っているのと同義。

 だが、それは痛いほど理解していたであろうシェリー。そんな彼女がわざわざ名を明かす理由。


「狩人でありながら、私を助けるための根回しをして、三日間も様子を見に来てくれたと、シュバリエから聞きました。でしたら、私もそれなりの誠意を見せるべきでしょう」

「一つ断らせて頂戴? 私はあなたの味方じゃない。私は、私の目的のためにあなたを生かすことを選んだ。それだけだから」


 座るように呼びかけられ、シェリーはマーキュリーの向かいに座り、その後ろにシュバリエが立つ。

 緊迫した空気。片や、命を救われた者。片や命を救った者。そんな関係性を両者の間からは感じ取れない。

 あるのは、魔女と狩人が互いの腹を貪り合うかのような重厚で重たい空気、ただ一つ。


「で、あれば。貴方が私を生かした訳をお聞かせいただけないでしょうか?」


 マーキュリーは髪をくるりと弄り間を少し置いた後、話を切り出した。


「あんたは、狩人が善で魔女が悪。この価値観についてどう思うわけ?」

「私自身としては仕方のない事だと割り切っています」

「ふーん……じゃあ、質問を変えましょう? 魔女は人に成り代わるこれについてはどう思う?」


 シェリーは押し黙る。


「失礼ですが、その質問に答えることは大変難しく思います……」

「どうして?」

「この力は急に目覚めた物です……成り代わる、それがどの程度を指すのかもわからない。私は生まれてからずっと、私であると思い続けていますが、あるいは……」


 マーキュリーは「あー」とバツが悪そうな声を漏らした後、続ける。


「別にそういうことが聞きたかったわけじゃないわ。ただ、この価値観やこの説? って不思議だと思わない?」

「不思議……ですか?」

「あなたは、こういった話がいつ頃始まったか知ってる?」

「十年ほど前だと聞いています」

「……正解」


 今から十年ほど前、民衆の間では奇妙な噂が流れていた。

 魔女なる存在が人に成り代わって暮らしている。奴らは我々を滅ぼす機会を待っている。


 根も葉もない噂。当然初めの内は誰も信じるものなどいなかった。そう、魔女による大厄災が引き起こされるまでは。


「そして、魔術師や狩人が登場したのが、魔女の大厄災が起きてから三日後の出来事。あまりにも早すぎると思わない?」

「それは、噂を流布していたのが魔術師や狩人であれば、成立することなのでは?」


 シュバリエが不思議そうに疑問を投げた。


「ええ、十中八九そうでしょうね」

「であれば、不思議な点など無いのでは……?」


 悩む、シュバリエとシェリーに対し、マーキュリーはにやりと笑みを浮かべ、話を続ける。


「確かにその一点だけを見れば……ね。でも、魔女の子供は必ずしも魔女ではない。魔女の死体を回収する狩人。狩人が扱う武器。これらを踏まえると不思議な点が浮かび上がる」


 大厄災を退け、魔女狩りを始めた狩人とそれを纏める魔術師は民衆の協力を受け、魔女と思われる存在を片っ端から殺していった。

 そこには当然、魔女ではない者たちも含まれていただろう。

 そこで狩人はある声明を出した。それが「魔女の子は必ずしも魔女ではない」と言うものだった。

 ――この経緯にはおかしな点など微塵もない。


「あなたも知ってるでしょ? 私たち狩人が使う武器には、魔女の血が使われているってこと」

「ええ……」


 狩人が魔女と渡り合うための手段。魔女の血は魔術的価値が非常に高く、魔女の力を引き継いだ武器を作成する要となる。

 魔術師たちが民衆の理解を集めるために出した声明。当然、おかしな点はない。


「ですから、そのために魔女の死体を回収しているのでは?」

「そうね。じゃあ、武器にならなかった魔女の死体はどうしているのかしら――?」


 シェリーはまたしても押し黙る。

 シュバリエは少し考えた後、自身の感じていた違和感について話始めた。


「この土地、そのものに利用されている……」

「……はい?」


 シュバリエがポツリと漏らしたそれは、マーキュリーにとっても予想外のものだった。


 マーキュリーはあくまでも、魔女の死体がどうなったのかが不明瞭であるということを伝えたかったのに対し、この回答である。

 シュバリエに向けられる、驚いた様子のシェリーとマーキュリーの視線。


「いえ、ずっとこの姿になってから感じていたのです。足元から何百人もの魔女の気配があることに」

「足元?」

「ちょっと……どういうこと? 詳しく説明しなさい?」

「私を構成する術式の羅列と酷似したもの……魔女を用いた大規模な術式、とでも言いましょうか。効果こそ分かりませんが確かに、何かがあります」

「だとするとやっぱり……」


 マーキュリーはしばらく考え込むと、そのまま思い出したかのように、二人に向き直り説明する。


「あんたたちを助けたのは、面白そうだと思ったから。私ですら迂闊に動けない大規模作戦の中で、そいつありきとはいえ、逃げ切ったあんたの存在。狩人は躍起になるでしょうね」

「二つ名持ちを逃がし続けている」

「そう、焦った奴らのボロが出るかもしれない……だから助けることにした」

「貴方も狩人ですよね?」


 シェリーの疑問。


「別に? 私はただ真相に近づきたいだけ。例え、この現状に疑問を呈することが異端なのだとしても、真実を知りたいの」

「真実……ですか」

「まあ、いいわ。最後に聞かせて頂戴? どうやって私たちの存在に気づいて先に逃げることが出来たの?」


 先の討伐作戦の際、マーキュリーが行ったのは逃げたシェリーたちの保護をここリリステナに依頼することだけ。

 狩人の情報を流した人物は他にいる。そう彼女は睨んでいるわけだ。


「お姉ちゃんが、あいつが迫ってきてると、私の手を引いたので……」

「あいつ……?」


 またしても予想外の回答。


「私からも、聞いていいですか?」

「どうぞ」

「シュバリエから聞きました。お姉ちゃんはまだ生きていると……お姉ちゃんがどこに逃げたかご存じありませんか?」

「…………そんなはずは……私が聞いた話だと、私の上司が始末したって聞いていたのだけど」


 マーキュリーは確信する。どうやら当たりを引いたようだ。


「そうね、あなたのお姉さんについて知りたいのなら、狩人について調べるのがいいんじゃない? 幸い。ここにいれば、それが叶うと思うわよ?」

「……そうですか。ありがとうございます」

「ええ。私の方こそ有意義な情報をありがとう。私はこれで失礼するわ」


 ソファーから立ち上がり伸びをした後、去り際にシェリーに忠告をする。


「そうそう、これだけは伝えておくわ。私は、あなたの味方じゃない。必要とあらばあなたの事も殺すでしょう。だから、私をあまり頼らないことね……」

「それは……」


 後ろを過ぎ去るマーキュリーの方を振り向くシェリー。そんな彼女に、背を向けたままマーキュリーは軽く手を振った。

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