40.最悪のオルタナティブ
場面は、リリステナに戻ったシェリーたちの視点に切り変わる。
玄関の方でヘケロンとフランクウッドが話をしている間、シェリー、シュバリエ、アンリー、ヒュース、エレナの五人は二階で待機していた。
「それで、どうしよっか? これからさ」
アンリーが質問を投げかける。それが指す意味、エレナ・クロードについてだ。
リリステナは組織として、ずっとギリギリの綱渡りを繰り返してきた。
しかし、それでどうにかなってきた今までがおかしかったのだ。
魔女に味方する者たちと上手く連携を取りながら、決して始まることのないレースのスタートラインに向かって、一歩ずつ前進してきた。
けれど、それが上手くいっていたのは、こちらがまともに動くことのできなかった最初だけ。
増加傾向にある魔女の露見件数と、狩人の動きの変化。
思えば上級狩人が、出払っていたことで油断していたのかもしれない。
それが、今回のアベリアックの死に繋がったのだろう。
エレナが、知り合いに会う可能性の低い場所で暮らすことは、もう叶わなくなった。
どうあがいたって、時間は時計の針のように巻き戻すことが出来ない。
「そういった話は、師匠が来てからにしよう……」
ヒュースは言った。
そしてしばらくして、フランクウッドがやってくる。そこにヘケロンは居なかった。
彼が言うには既に帰ってしまったらしい。
「はいは~い。アンリーちゃんからの質問で~す!」
アンリーは手を高らかに上げて、フランクウッドに語り掛ける。
それに対して、フランクウッドは質問を許可する。
「ねえ、先生。ヘケロンと何話してたわけ?」
「アンリー!」
アンリーの挑発的な物言いに対して、ヒュースは少し激昂した様子を見せ、それをフランクウッドがたしなめる。
「いや、いいんだ。ヒュース……アンリー、それほど大したことじゃないよ」
「で? 内容は……? 正直さ~ぁ。先生、最近なんか隠してるでしょ?」
「まだ、確定したことじゃないんだ。軽率に口にはできないよ……」
フランクウッドは先ほど、ヘケロンと話していた内容を思い出す。
「フランクウッド。ここまで共にやって来た仲だ。君にも一つ教えておいてあげよう……」
「いきなり、何の話かな?」
「君も薄々気づいているのだろう? 彼らの計画を。そして、もうどうしようもないということを」
ヘケロンのその言葉に、フランクウッドの柔和な表情が崩れる。
「……魔女の中にも明確な違いがあった。私の妻は……おそらく生まれた時から魔女だったのだろう」
「ああ。彼女――リリステナは生まれついての魔女だとも」
「……思うんだ。本当に、魔女は人に成り代わる必要があるのかと……」
「ふ……そうだ。そもそも、魔女は人に成り代わる術など持ちえない」
ヘケロンは嬉しそうに言う。
「私はもう、君たちを手伝うことはないだろう……しかし、安心したまえ。これからは、全ての人間が魔女となり、文明は更に進化する」
「まて、それはどういうことだ……」
「言葉通りの意味だよ……だが、良かったじゃないか。これで、人と魔女の垣根は消えるのだから……」
月は満ちた。ただ、それを追い求めるかのように陰から腕が伸びただけ。
その一つ一つが小さな積み重ねなのだろう。
ヘケロンは、自身の魔法で生み出した腕によって、飲み込まれるようにして消えていく。
まるで、灯りも無しに夜道を歩くかのような、一抹の不安だけを残して――。
場面は再び、アンリーたちとフランクウッドとの会話に戻る。
彼は先ほどの会話を皆には話さない。
否。正確には、話せないといった所だろうか。
フランクウッドが、ある程度予想建てをしていた中の一つに、ヘケロンの話も含まれていた。
彼には、魔女として生きた妻がいた。ここリリステナの名前は、その妻から取っている。
淑やかで、それでいて強かな、周りをよく見ている人だった。
そんな彼女に、フランクウッドは生き方を変えられた。
当時は魔女という存在自体、世間に知られていなかった。
それは「魔女は人に成り代わる」この噂が流れるよりも三年程前のこと。
初めて魔法を目の当たりにした時は、当然驚いた。しかし、フランクウッドはすぐにそれらを受け入れた。
そういうものなのだと……しかし、狩人が現れて、妻、リリステナが殺される前に彼女が言ったこと「私は、人の体を奪ったの」この意味をフランクウッドはずっと考えていた。
フランクウッドも、もう何が何だか分からないのだ。そんなぐちゃぐちゃな考えで、彼らにこの事態を伝えたとして、何になるだろうか。
きっと困惑させて、さらなる事態の悪化を生むだけだ。
だから、フランクウッドはまだ語れない。
「フランクウッドさん……」
そんなフランクウッドの様子を見て、シェリーは言いづらそうに口を開いた。
「……何かな? シェリー君」
「お姉ちゃんの居場所がわかりました……」
「……それで?」
シェリーは言いよどむ。
「私は……お姉ちゃんの救出に向かいたいです」
フランクウッドは息を呑んだ。




