37.付きまとう影(2)
ディガードは、脚をバタバタと動かしながら、頬杖をついて楽しそうにほほ笑んでいたかと、思えば、何かを思い出したかのように、手を叩く。
それに対して、ヘケロンはいつものことだと、なんの反応も示さない。
「あ、そうそう。ヘケロン。これあげるよ」
「なんだね? またつまらぬものなら承知しないが?」
前回渡されたのは蛇の抜け殻だったか。ヘケロンは歴史を感じさせる物が好きだ。
それはディガードも理解していた。しかし、彼の選ぶものは少しずれているようでもある。
そこが、ヘケロンは心配なのだ。
「そんな邪見に扱わないでくれよ。ほら、これ」
それは逆三角形の仮面。どことなく年季が入っており、いつ使うかは分からずとも、何故これを作るに至ったのか。その理由が、少しは気になるような代物だった。
「ほう……君にしては中々にいいセンスじゃないか。これは何処で?」
「近くの市場で出店が出ていてね。遠く離れた村々での儀式に使われていた物らしい」
「一体どんなだね?」
「それを付けた人を日が暮れるまで追いかけまわす――」
ヘケロンはディガードの肩をがっしりと掴んで見せる。
自分よりも二回りほど大きなヘケロンの圧が、ディガードの肩に重くのしかかる。
「らし、いよ……?」
ディガードは冷や汗を流しながら、ヘケロンの方を見つめる。
鋭く光るヘケロンの瞳はまるで蛇のよう。
ディガードは真正面に向き直ると、だらだらと冷や汗が滝のように流れ始める。
「何か言い残すことは?」
「……素敵、でしょ?」
ぐわんと揺れる視界、かすむように乱れる視界。回る脳。
「うおぉぉぉぉぉ! ヘケロン!! 頭が、頭が落ちちゃうよ……!!」
ヘケロンは思い切り、ディガードの肩を揺らす。
そして、研究室の扉をバタンッと開く激しい音。
そこに乱入してきたのは、ディガードの弟アレンダートだった。
「騒がしいと思ったら! 兄さんたちは少しは静かにできないんですか!?」
「おや?」
ヘケロンはディガードを揺さぶるのを止め、アレンダートの方を見遣る。
「アレンダートか……心外だな」
――ここじゃない。もっと、自分が作られた本質があるはずだ。シュバリエはそう考え、もっと深くへと意識を潜る。
――王家が開催した宴の席から外れた庭園のベンチで、イフェイオンとディガードは炎でオレンジ色が描き加えられた、満面の星空を眺めて感傷にふける。
「やっぱり、魔女が新たに現れようが、魔術師をいくら増やそうが、君を羨む声は消えそうにないや……ごめん。もうちょっと、時間がかかるかもしれない」
ディガードは悲し気に、ただ遠くの空を見つめながら言う。
彼女に誓った約束――それを果たすには、まだまだ時間が足りない。
「それでも、こうやって王城を歩けるようになって、皆が私に向ける目が少し変わった気がするの……」
それに対して、イフェイオンは体を傾けながらディガードを見つめ、ほほ笑みを浮かべる。
「……そういってくれるのなら、嬉しいよ」
ディガードは、イフェイオンの胸元に付けられた一輪の赤い花。もとい、彼が作り上げた魔道具を見つめたあと、彼女の目を見て改めて誓う。
「イフェ……必ず。必ずだ。僕が、君が特別じゃなくて、皆が当たり前に魔法を扱える世界を作り上げてみせるよ……」
「うん。待ってる」
――誰かの呼ぶ声がして、シュバリエは意識をゆっくりと戻す。
「探したよ、シュバリエ。こんな所でどうかしたの?」
自身を呼ぶ声。それはシェリーだった。
「……お嬢様。いえ。少し、考え事をしておりました」
「ねえ、シュバリエ……」
シェリーの声は震えていた。
「何でしょうか?」
「…………」
シェリーは少し言いよどむ。
「シュバリエも、急にいなくなったりしないでね」
「ええ。貴方の想い、願い、その全てを共に叶えるまで。どこまでも、ご一緒いたしますとも」
◇
シュバリエが居なくなってから、ヘケロンもまた。昔のことを思い出していた。
ディガードが構築した、目に見えるはずのない、魔女の力の根源そのものを術式へと変えるための術式。
それを己の体に試したことのことをヘケロンは思い出す。
「ヘケロン。やっぱり、その術式は僕が……」
珍しく元気のないディガード。疲労困憊といったところだろうか。
それを見かねてヘケロンは、ため息をつく。
「何度も言わせるな。この術式が失敗したときに、何が起こるのかが分からないのだ。君の才が無くては、何も進まない。だからこそ、私がこれを受けると三人で話し合ったじゃないか」
ヘケロンは優しくディガードに言い聞かした後、アレンダートの方を見て合図を送る。
アレンダートは床に張り巡らされた術式に、最後の一文を付け加える。
「ヘケロン……」
「心配するな。君は、私が認めた男なのだから……」
ヘケロンは地質や薬草、生物。あらゆる分野の学者として、成功を収めていた。しかし、ディガードはその先を更にいっていた。
誰もが、理解を拒み、匙を投げだした魔女という新たな生命。それに対する飽くなき探求。果て無き想い。
その末に彼は、魔術を生み出したのだ。
それは神にもっとも近づいた、人の禁忌と言えるだろう。だからこそ、彼が羨ましくてならなかった。
その才能が。自身と違う高みを見据えるその姿が。
だからこそ、ヘケロンは誇らしくも思うのだ。周囲から天才ともてはやされるだけだった自身が、認めた男。
そんな偉大な人物の実験に参加し、その未来の一助を担えるのだから。
「……」
ディガードとアレンダートが見守る中、行われた実験――それは失敗に終わり、ディガードは何かに取り憑かれたかのように、研究室にこもるようになった。
――ヘケロンは、列車の中で独り言を呟いた。
「私は……一体何をしてるのか…………」




