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36.いつからだったか

 本日は気まぐれでの投稿です。


 奇妙な偶然だった。ホーンロッツとホームバイツは互いに、同じことを思い出していた。


 それは幼い日々に置き去りにしてしまった、過ぎ去った日々。


 その日も生きていくためだった。その日食っていくだけの食料を盗みだす。そして、いつも通り逃げ切れるはずだった。これまでのツケが回って来たのだろう。

 全身が痣だらけになって、血が出て、骨にヒビが入るまで、二人して殴られ、投獄された。


 当然だ。日陰で、人様に迷惑をかけながら生きてきたんだ。でも、二人とも、そこに後悔はなかった。


 獄中で二人。別々の牢で、壁を背に語り合う。


「すまんなバイツ。流石に数十人相手は無理やったわ」

「あほとちゃうんか? そんなん誰でも無理に決まっとるやろ、そんなんで謝らんといてな」


 静寂。


「なあ、いい加減……名前、決めてくれんか?」

「あ? 何やねん急に……」

「……俺やってアホとちゃう。なんとなくお前とつるんどって感じ取った。ホンマは名前が無いんとちゃう。捨てられへんねやろ?」

「お前は俺のなんやねん……まあ、せやな。ホンマはあるよ。でも、捨てれん。こんなんでもクソ親から貰った大切な名前なんや。せやから、自分で新しく名乗れる気がせえへん」


 静寂。またしても、長い静寂が場を支配する。


「ホーンロッツ……なんてどうや? いい加減、お前が死ぬかもしれんって時に、名前を呼ばれへんのは嫌なんや……」

「……気のせいか? お前の名前に似てる気がすんねんやけど」

「嫌か? 俺からの贈り物やっていうのに?」

「なんやねん、それ……まあ、ええわ。ありがたく貰ったる」

「素直とちゃうな」

「うるせえよ……」


 静かな笑い。ジメジメとした朝露の匂い。冷たい壁。その全てを二人は、今でも鮮明に覚えている。

 初めに抱いた願い。もう、真っ当な生活には戻れないのだろうと、そう思えて仕方がなかった。それでも、ホームバイツは何故だか、清々しい気持ちでいっぱいだった。


 ――一人で生きていくという重荷。それを互いに分かち合うことが出来た。たった一人の友。

 だからこそ、悔んでしまってしょうがない。いつからだったか――ホーンロッツに本音で話すことが出来なくなってしまったのは。いつから、自分は彼の後ろを歩くようになってしまったのか。それだけが、どうしても悔やみきれない。

 でも――もうすぐ全てが終わる。また、偽りの笑顔で、笑いで、この気持ちを隠せるだろうか。


 ――ホーンロッツは思い出す。その日から、新たな歯車が回り始めたことを。

 ただただ、口だけの惰性で、迷いながら生きていた日常に、新たな道を示してくれた、かけがえのない友のこと。

 だからこそ、彼は思う――今一度、こうやって狩人として人の役に立てるようになったからこそ。

 あいつとまた、昔のように。隊長と隊員としてでも、上司と部下としてでもなく、たった一人の友として語り合いたいと強く思う。



 ◇



「あえて、最後に言い残すんやったら……か……せやな」


 ホームバイツはシュバリエの方をちらりと見る。


「先、行ってるわ……」


 ホームバイツの心臓に巨大な針が突き刺さる。

 必死に脈打とうとする心臓の動きが、次第に鈍くなっていく感覚。


 足先から、指先から、徐々に力が抜けていく感覚。頭に血が回らない。

 そんな薄れゆく意識の中で、ホームバイツは静かに息を引き取った。


 シュバリエはホームバイツの方へと手を伸ばそうとし、躊躇う。

 彼のことをろくに知りもしないのに、敵として、自身が彼を傷つけたというのに、何こんなにも罪悪感が湧くのだろうか。


 敵を排除すること自体には、なんの躊躇いもない。それこそ、命を奪うことだって平然とできるはずだ。

 それなのに、この気持ちの違和感は何なのか……シュバリエにはまだ知らないことが、分からないことが多すぎる。どうしようもなく不安になってしょうがない。


 そこに鳴り響く拍手。


「いやはや、見事……素晴らしい」

「……ヘケロン。今更どうしたの?」


 赤ずきんの、酷く鋭い、低い声。

 拍手がした方へと振り返るシュバリエ。


 そこに立っているのはヘケロン・オディクスだった。


「君たちを迎えに来たのだよ。もうじき、狩人たちが彼らの様子を確認しに来るだろう」


 そう言いながらヘケロンは、周囲に転がっている狩人の死体を見て回り、最後にアベリアックの元へと歩く。


「ヘケロン。あなたが手伝ってくれたら、アベリアックさんは助かってたかもしれない……」

「それがどうした? 私の地位は狩人に敵対していないからこそ、成り立っている。それにあやかっている君たちに、とやかく言われる筋合いはないと思うが?」

「……そうだね。わかった。私が悪かったよ……」

「……」


 シュバリエは何も言えないでいた。アベリアックが死んだ。その実感が持てないのだ。


「さて……」


 ヘケロンはそのまま、アベリアックの近くに落ちている、スタンロットを回収し、赤ずきんたちに向き合う。


「罪火の魔女を回収しに行くとしよう」



 ◇



 シェリーは不安に駆られていた。アベリアックの診療所が倒壊したことで、そこで戦っていた彼らの姿が辛うじて分かるようになった。

 シュバリエは無事だ。おそらくアンリーと思われるフードの人物と、倒れこんだ大男。

 しかし、アベリアックがどうなったのかは分からない。


 彼らの元へと駆けていきたい。でも、仮に他の狩人が潜んでいて見つかるのは避けたい。

 その場で、待機することしかできないシェリーは、またしても蚊帳の外でじっとしているだけの自分に嫌になる。


「無事なようだな……」


 そんな時、後ろから聞こえた嫌な声に、シェリーは振り返る。


「いつの間に、そこにいたんですか? ヘケロンさん」


 振り返った先、そこにはヘケロン・オディクスが立っていた。

 お疲れ様です。

 章を設定しました。章は全部で十一章を予定しております。

 話数としては、300前後~多くて350前後となると予定しております。


 また、明日はもしかすると二話分投稿するかもしれません。

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