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2.あなただけの騎士(2)


「助ける、ですか。具体的にはどのようにしてでしょう?」

「おやや? まあ、先生の知り合いのお医者さんを呼んであるってところかな」


 首を傾げながらも、赤ずきんはシュバリエの疑問に答えを返す。

 確かに、シェリーが助かるかもしれない可能性。それはシュバリエが最も欲していた物だ。

 しかし、素直に食いついてもいいものか。


「…………」

「うーん、困ったなぁ。ねえねえ、疑うのは良いことだと思うよ? でも……」


 赤ずきんがゆっくりと指をさす。


「早くしないと、その子。死んじゃうよ?」


 酷く冷静で冷たい声。まるで、そこには感情など無く。ただ、機械的に事実だけを告げているかのような、そんな不気味さがある。


「……不躾な態度の数々、大変失礼いたしました。どうか、私たちを助けてはいただけないでしょうか」

「えっへへ、いいとも~。じゃ、付いてきて」


 にへらと笑ったような仕草の後、赤ずきんは道案内の為に街の方へと駆けていく。

 それを追い、やって来たのは一つの探偵所だった。


 路地裏の方から、探偵所の裏手の扉で中に入ると、赤ずきんはフードを外した。


「ようこそ、我らがリリステナの本拠地に!」


 ニコリと無邪気に笑った後、彼女はシュバリエたちを二階へとそそくさと案内する。

 階段を上がった先。そこでは三名程の人間がシュバリエを出迎えていた。


 医師と思われる白衣を着た、小太りの初老の男。無精ひげを生やした、やややつれ気味の丸眼鏡の男。

 そして、嫌と言うほど見慣れた白い制服を身に着けた、カール状の髪と、人を値踏みするかの様な目が特徴的な女性――狩人、マーキュリーの姿があった。


「やはり罠でしたか――」

「あー! あー! 落ち着いて!! グレーちゃんは敵じゃないよ~。ま、味方でもないけどね……」


 臨戦態勢を取ろうとしたシュバリエを見て、赤ずきんは慌ててそれを止める。


「ねえ、お花さん? 気になることも多いでしょうけど、もろもろはその子が助かってからでもいいんじゃないかしら?」

「……本当に、お嬢様を助けてくれるのですか?」

「それに関しては、私が保証しよう」


 シュバリエの不安に答えたのは、白衣の男だった。


「……わかりました」


 白衣の男に連れられ、シェリーを抱えたシュバリエは別室へと向かう。

 その様子に安堵した後、マーキュリーは赤ずきんに拳骨を入れた。


「いでッ! ちょっと、何するのさ~!」

「アンリ~? あんた、なんで私の事説明してないのよ……?」

「えっ、あー、いやぁ~……それには、海よりも深ーいわけが……あるような、ないような」

「あんたっいい加減に――」


 そんなやり取りを見て、眼鏡の男が静かに言い放つ。


「お前たち、今何時だと思ってる……」


 その静かな怒気に、マーキュリーと赤ずきんことアンリ―は、猫のように丸くなって謝罪するのであった。



 ◇



 店主と親し気に会話し、おまけをつけてもらった後、嬉し気に帰路に就く義姉の姿を横目にシェリーは俯き隣を歩く。


「どうしたの?」


 ポケットから飴玉を取り出し、シェリーに差し出す義姉。

 それを口に入れながら、シェリーは小さく呟いた。


「怖く……ないの?」

「帰ってから話そっか」


 ローブをラックにかけ、義姉は紅茶とクッキーを用意する。

 軽やかな甘い匂いが湯気に乗って香る中、砂糖にミルク。それらを好きなように紅茶に入れる。

 シェリーもそれに倣って紅茶に一つ、砂糖を落とす。


 そんな穏やかな雰囲気の中、話を切り出したのは義姉だった。


「怖くないのか、だっけ?」


 シェリーは間を開けた後に小さく頷く。


「怖いよ。でも、慣れちゃった」

「慣れた……?」

「私、何歳くらいに見える?」


 義姉はにまっとほほ笑んだ後、自身を指さしシェリーに問いかけた。


「……二十歳?」

「あはは。それは若く見すぎだよ」


 少しこっぱずかしくなるシェリーを見つめ、義姉はトーンの落ちた声で言う。


「本当はずっとずーと年上で、それこそ今生きてる人たちとは比べ物にならないほど生きてるんだ~」

「え?」


 少し押し黙った後、シェリーは義姉に問いかけた。


「私は……死にたくない……でも、そんなに苦しい思いもしたくない……なんで、お姉ちゃんは生きたいと思ってるの?」

「おぉ、七歳らしからぬ発言だね」


 義姉が冗談めかして話をぼかそうとするも、シェリーの真剣な目にバツが悪くなった。

 窓から差し込む陽光と、そこに飾られた一輪の赤い花を見つめ義姉は言う。


「そうだね……約束を叶えてもらう為、かな?」



 ◇



 それは長い夢の様だった。長くも懐かしい、義姉との思い出。


「お姉ちゃん……」


 目覚めたシェリーが手を伸ばした先。そこは見知らぬ天井で、シェリーの既に完治した体には、つい先ほど薬が塗られた跡があり、場所によっては包帯が巻かれていた。

 治療されていたのだろう。しかし、魔女の体は不思議だ。あんなにも傷つき、一時は生死の境を彷徨ったというのに、その様相を感じさせない。

 おそらく、先ほどになって体の修復が完了したのだろう。


「おはようございます。お嬢様」


 声のした方を見遣った、シェリーはぐっと息を飲み込んだ。

 そこにいたのは本を片手に、椅子に腰かける執事服の男。しかし、頭部に咲き誇った赤い花が、彼が人ではないことを物語っていた。


「……失礼しました。退室しましょう……」


 少ししょんぼりした様子で部屋を退室しようとしたシュバリエを見て、シェリーはハッとする。


「お花さん……?」

「ええ。私は、シュバリエ。貴方様の姉君によって生み出された、貴方だけの騎士にございます」

「騎士……?」


 振り返ったシュバリエの頭をじっと見つめ、恐ろしい存在ではないことを理解する。


「はい」

「一つ聞いていい……?」

「何なりと……」


 シェリーはシュバリエの持つ本を見つめた後、口にする。


「本の向き、逆だよ」

「……なるほど。では、私は逆向きの本をずっと読んでいたのですね……」


 その言葉を理解するのに数秒を要した後、シェリーはくすりと笑う。


「ごめんなさい……お花さんは、お茶目さんなんだね」

「そんなものなのでしょうか?」

「心配、してくれたんだよね? ありがとう」

「ええ」


 マイペースな空気感。それを止める者もおらず、いつの間にか元の座席に戻ったシュバリエとシェリーの二人は、差し込んでくる朝日を浴びて気持ちよさそうにする。

 ただ、穏やかな雰囲気の中。あの夜の喧騒など忘れ、このまま――。


「ねえ、いつまでそうしているつもり?」

「マーキュリー様、あなたもどうですか? 気持ちがいいですよ」


 声のした方向、そこには私服に着替えたマーキュリーの姿があった。

 のんびりと何度も頷くシェリーとほのぼのとしたシュバリエの様子に、呆れてため息を付いた後、マーキュリーはシュバリエの肩をガシッと掴み、そのまま前後に勢いよく振り回す。


「うおぉぉぉぉぉ! マーキュリー様! 花が、花が散ってしまいます……!!」

「あんた、魔女ちゃんが起きたら呼びに来るよう言ったわよね? あれから何日経ったと思ってるの!? 三日よ三日!!」


 グイっとシュバリエを押しのけ、シェリーの方を見いやったマーキュリーはまたも声を上げる。


「ちょっと、あんた! 二度寝しようとしない!」

「騒がしいぞ、マーキュリー」


 騒ぐマーキュリーの声に苛立ちながら、事務所の方からやって来た眼鏡の男の声にマーキュリーは背筋を正す。


「あら~、フランクウッド……仕事に向かったって聞いていたのだけれど……」

「忘れ物を取りに来たのだよ。ところで、マーキュリー君の方こそ、アベリアックさんの言ったことを忘れてしまったんじゃないのか?」


 医師がシェリーの治療にあたって言ったこと。魔女は意識を失った後に、思考力や感情の制御が著しく低下する。

 当然、マーキュリーもそのことは覚えていた。


「焦る気持ちも分かるが、一呼吸置くことも大切だ……ましてや、君の立場は危ういものなのだからな」

「…………分かってるわよ」

「ならいい。私は仕事に戻る……シュバリエ君。帰ったら話そう。その間、そのお嬢さんの事を頼んだよ」

「ええ。また後程


 手袋を深々と身に着けた後、眼鏡の男フランクウッドはその場を後にした。


「……悪かったわね、その子の様子が落ち着いたら声をかけて。私は事務所の方にいるから」


 シュバリエを優しく解放した後、マーキュリーもまた、その場を後にするのであった。

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