34.それぞれが今できることを
「……なんで、俺の名前を知っとるんや? 花の化け物さん……?」
あえて、知らぬするホームバイツ。
二人は理解していた。お互いに必死なだけで、根が悪なわけじゃない。
だからこそ、やり難い。感情は時に邪魔になる。
「さあ、何故でしょうか?」
フォドゥーカはシュバリエの後ろにいるヒプレレアへと目配せを行い、全力でアベリアックを仕留めにかかる。
盾で全身を覆い隠しながら、頭上高くにハンマーを掲げる。
反撃は許さない、鉄壁の構え。その鋭い眼光はまさに、獲物を狙う狩人のそれ。
そのまま振り下ろされるであろう強烈な一撃を防ごうと、シュバリエは幹を放つ。
しかし、その隙をホームバイツは逃さない。地面から延びた岩が挟み込むようにシュバリエを襲い、防がれ、その拍子に崩れさる。
放射の魔術には大きな欠点がある。
疑似的な魔法を引き起こす魔術それこそが、放射の魅力だ。しかしながら、その持続時間は短く、形成したものはすぐに崩れて消えてしまう。
なら、その欠点をどう克服するのか。
答えは単純。そもそも形を成さないものを使うか、崩れる性質を上手く利用すればいい。
爽やかに、それでいて明るく、ヒプレレアは笑みを浮かべて魔術を扱う。
「飛べ」
崩れた破片が上昇気流に巻き上げられ、そのままシュバリエを襲う。
「なッ――!」
その隙に振り下ろされたハンマー、アベリアックは諦めることなく、スタンロットを盾に収まりきっていない僅かな隙間。フォドゥーカの足元へと投げ入れる。
何かを察してか、ハンマーでの攻撃を止め、重心をぐっと下げることで、盾と地面との僅かな隙間を埋めるフォドゥーカ。
スタンロットが当たった瞬間、飛び散る雷鳴。
それが繰り広げられる室内戦。そんな状況下であっても、外からはアビマードの指示が飛んでくる。
「全員、一度距離を取れ、花の化け物が動き出すぞ」
シュバリエは思い出す。アズレア戦での失敗を。
もっと思考をめぐらせれば、自由に、もっと応用力のある戦い方ができたはずだ。
全員がその場から一度距離を取る。
次に現れたのは、地面から突き出た無数の幹。槍のように突き出たそれらは、避けた狩人たちを追跡して伸びていく。
ホームバイツは瞬時に自身とフォドゥーカ、ヒプレレアの周りに岩を配置し、その攻撃を一瞬だけ防ぐ。
その一瞬でいい。幹の一つをフォドゥーカは盾で小突くと、そこから雷撃が発生し、幹の一部が焼け焦げ、幹の動きが少し鈍る。
フォドゥーカの扱う魔道具。衝撃を受けると雷撃を発生させる、実に強力なものだ。
シュバリエは幹を地面から出すのを止め、走り出す。目標はアベリアック。
彼を守る。それを考える。
シュバリエが走り出すと同時、足元に出現した小さな岩。
それに躓きそうになるシュバリエ。そこを逃さないフォドゥーカのハンマーによる振り降ろし。
咄嗟の判断。シュバリエは片腕を伸ばした幹で、倒れそうな体を安定させ、もう片方の腕でその一撃を防御する。
軋み、へこむ幹。それでも直撃を回避することには成功した。
両者の攻防。その隙に逃げようとするアベリアックだが、そこに飛んでくる岩の槍。
アベリアックは負傷した脚でどこまでやれるのか。
全員が隙を窺い続けてる――。
◇
少し離れた場所でシェリーは考える。
狩人は基本的に、アタッカー、サポーター、バックアップこれらを確実に用意したうえで、全体の指揮を担う誰かを配置することが多い。
だからこそ、アンリーは慎重に、辺りに潜んでいるであろう狩人を探しているのだ。
もちろん、アタッカーが指揮を務めることもある。だが、大体の場合はサポーターだ。
シェリーには、誰が指揮を取っていて、相手がどんな魔術を扱っているのか、その何もかもが分からない。
だけれど、彼女にできることはある。
指揮官は状況の変化に敏感でなくてはならない。
なら――。
シェリーはロベリアの力を借りた時のことを思い出す。あの時の魔法の扱い方。
それを真剣にトレースする。
腕を真上に構え、集中する。
息を潜め、ぐっと。考える。彼女のことを。
浮かんだのは、牢屋で幽閉されていたロベリアの姿だった。
「大丈夫……」
シェリーがそう口にすると、腕を炎が包んでいき、やがてその炎は腕から離れ、天高くへと飛んでいく。
渦を巻き、球になり、刹那的に眩く爆ぜた炎。
この行動に意味はさほどない。だが、随分と目立つものだった。
だからこそ、意味を成す。
遠く離れた位置で、アンリーは口笛を鳴らした。
「いいね~。おかげで見つけられたよ……」
アンリーは駆けだした。その炎に注目してしまい、潜伏がおろそかになってしまった狩人の一人を目指して。




