29.お返し
「でも、何故ホームバイツ様は、あの奥方の飼い猫探しをすることに?」
街の路地を探しながらシュバリエは問いかける。
「あーん、せやな~……強いて言うなら、こまってそやったからとか、ちゃうかな? 後、ホームバイツでいいよ」
細く一人がやっと通れるような道を体を添わせながら移動する。
先ほど猫を見失った屋根の上の、更に奥を目指しながら。
「なんだか他人事みたいですね」
シェリーは言う。
「まー、特に理由はないからね。困ってる人がおれば助ける。そんだけちゃうかな?」
「そういったものなのでしょうか?」
「存外そんなもんらしいね。俺も一回仲間と命を救われたことがあったんやけどな、その相手がなんも見返りはいらんって言うもんやから、ちょっと困ったわ」
ホームバイツは笑いながら歩く。
「ま、その人に言われたんよ。それなら、あんたらも人助けをしてくれってな……笑える話やわ。俺、元々傭兵やったんよ。んでその前は泥棒。そんな奴が人助けやで? 笑えるやろ」
「……それでも、貴方は変わろうとした……」
「シュバリエ、君。いい奴やね。でも、考えがまとまってないのに、無理に言う必要はないよ」
ホームバイツはシュバリエの心の奥を見透かしているように言う。
そこでシュバリエは、フランクウッドに言われた言葉を思い出した。「自身の悩みや不安というのは相手になんとなくでも伝わってしまう」これは、気持ちもそうなのかもしれない。
攻撃的な言葉、悲しそうな言葉、悩んだ末の言葉、楽観的な言葉。それらは言葉に色を付けるのかもしれない。
「そうですね。私も、自分と言うものがよく分からないのです。だから、貴方の過去との向き合い方に答えを出せない」
「あっはは……別に答えなんかいらんやろ? そんなもん、自分が歩んだ先に勝手について来るもんやで? 答えなんて、ようは結果でしかない」
「そうなのでしょうか?」
シェリーは悩みながらに尋ねた。
「まあ、結果なんてだれも分からんやろ? 人によってもちゃうわけやし、今から最適解なんて考えてもしゃーないやろ。だから、とりあえず動く。俺はそうするようにした」
「……とりあえず動く。ですか」
「せやね。っとおるやん、猫!」
ホームバイツの視線の先。そこには毛繕いに専念している白い猫の姿があった。
ホームバイツは、シェリーとシュバリエに静かにするようにジェスチャーをすると、今度こそはと、ポケットから老婆が特別な日に与えるという猫餌を取り出した。
「おーい、ちび。ほら、美味しいお肉やで~……ほらこっち来いな」
猫はホームバイツに気が付くと逃げようと、走り出す。
「今度は逃がさんぞ――!」
ホームバイツは餌を放り投げ、瞬時に走り出す。
そのまま、腕を前方へと伸ばし――魔術を発動させた。
「にゃっ!!」
猫の前方から急に生えてきた巨大な岩。それに猫が行く手を阻まれた一瞬に、ホームバイツは猫の腹を掬い上げた。
その様子に唖然とするシェリーとシュバリエ。彼女たちはそこで初めて、彼が魔術を扱うことのできる存在であることを認識した。
「ほら、捕まえたぞ。ちび~――って痛い痛い。こら止めーや!」
猫の鼻をツンツンと触って見せたホームバイツは、反撃とばかりに猫が指先や顔を引っ掻き始める。
猫を上の方へと掲げてやり過ごすホームバイツと、その腕を引っ掻き、ぐねりと体をひねり暴れる猫。
ホームバイツは慌てながらも言った。
「ほな、はよ婆さんの所に連れ帰るで……!」
「ホームバイツさんは、魔術を扱えたんですか?」
「え? ああ、うん……まあ、話は後にしようや。このちびの爪、結構痛いんよ……」
そのまま三人は老婆の元へと戻ることになった。
「ああ、ありがとうね。お兄さん……」
「おお、痛い痛い……もう、逃げ出さんようにな」
引き渡す際も、猫はホームバイツの腕に爪を立てながら、肩の方へと昇ろうと試みていたが、何とか老婆の手の中へと落ち着いた。
ボロボロのホームバイツは、尚も笑顔で老婆を気に掛ける。
何と言うか、気持ちの良い人間だと、シェリーとシュバリエは感じた。
「本当に、ありがとうね……これ、ちょっとしたお礼なんだけど、よかったら食べておくれ」
「そんな気い使わんくていいのに……まあ、ありがとうね。これは貰っとくは」
老婆はホームバイツにキャロットクッキーが入った紙袋を手渡した。
袋を開いて中を確認してみると、香ばしい人参の甘い香りと、そこの方に鮮やかな破片が散らばっている。
ところどころ、焦げ目の色濃くなっている個所があるが、全体的に焼きムラが少なく、形も整っている。
ホームバイツは甘いものが得意でないながらに思う。これは美味しそうだと。
「あなたたちもありがとうね」
老婆はシェリーたちにも袋を渡そうとするが、それを断ろうとするシェリー。
「あ、いえ。私たちは何も……ただ付き添っていただけですので……」
「あら……そう?」
「まあまあ、感謝の気持ちを受け取らんっていうのも相手を困らせてしまうもんやで? ここは素直に受け取っておきいな」
「……」
シェリーはホームバイツの方を少し見た後、シュバリエと目を合わせた。
「では、ありがたくいただいておきます」
「ええ、本当にありがとう。あなたたちのお陰で、この子も無事に帰って来れました。私だけじゃ……きっと探しに行けなかっただろうから……本当にありがとう」
シェリーたちは老婆にお辞儀をした後、その場を後にした。




