28.偶然の出会い
シュバリエとシェリーは二人で街の中を歩いていた。
ヒュースはヘケロンを待つべく、駅前で待機し、アンリーはエレナのメンタルケアも兼ねて散策に行ってしまい、必然的にシェリーとシュバリエが残されたのだ。
普段のアンリーならシェリーたちのことも誘っただろうが、彼女なりの気遣いというものなのだろうか。
何にせよ、二人はただこの街が見下ろせる場所を目指して歩いていた。
道中。何度か警備の人に声をかけられたが、シュバリエがヘケロンからもらった首飾りを見せると、何やら納得した様子で去っていく。
魔術師である証明として、金獅子の紋章が用いられていることは知っていたが、その連れを示す物があったのは意外だ。
魔術師を見ることはそこそこあれど、その連れは見たことがない。
有効期限や、これを取得するためにはある程度の地位が必要なようだが、実に便利なものだと思う。
そんなことを考えていたら、目的の場所へと着いた。
見晴らしのいい高台。ひんやりと冷えた手すりにそっと手を添え、街並みを見下ろす。
遠くでモクモクと蒸気を立てる列車に、落ち着いた色合いのレンガ屋根の海。ところどころに見え隠れする、植物に覆われた壁。
青々とした澄んだ空気。建物の一つ一つの高さはないが、この曲がりくねった山道から見下ろすと、実に統一感があって綺麗だと感じる。
下から見上げるのとは違った景色。
「綺麗ですね」
「うん、すごく」
風が吹き抜け、髪がなびく。少し寒いくらいだが、とても気分が落ち着く。
「……いこっか、シュバリエ――」
「――うおっとっとっとっと……!!」
少しの余韻を堪能し、その場を去ろうとした時だった。
後ろの方から物凄い音がした。慌ててそちらを振り返ると、そこには目元まで髪の毛を伸ばした男が、苦痛に顔を歪めながら、尻餅をついていた。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫、大丈夫ってなに? カボチャ? え、なんで?」
シェリーは少し、喋り方に違和感を覚える。それもそのはずだ。彼はこの国の出身ではない。
「私はシュバリエと申します。これでも魔術師様の付き添いでして……」
「ああ、こりゃどうも」
シュバリエが伸ばした手を掴む男。
「ああ、そういう? 俺は――ホームバイツ。よろしく」
男は口角を少し上げながら、気さくに自己紹介をした。
「その、ホームバイツさんは……その何をしていらっしゃったのですか?」
「ああ、俺?」
ホームバイツはレンガ屋根の上の方を見上げる。
「いや~、ちょうどさっき出会った婆さんの飼い猫が逃げ出したみたいでな? それを捕まえるお手伝いのために、上の方に登っとったんよ」
「え? 上? 屋根、ですか? お怪我とかは?」
「ああ、心配せんといて。どこもなんもないから安心してな?」
ホームバイツは明るく笑って見せた。
しかし、シェリーとシュバリエ以外にも、そんな彼のことを心配する人がいた。
ゆっくりと遅いながらも坂道から老婆が上がって来たのだ。
「あら、お兄さん。ごめんなさいね……私のせいで」
「ああ、婆さん。待っといていいよって言わんかったけ? どないしてついて来たん? ……腰悪いんやろ?」
ホームバイツは急いで老婆の元へと駆け寄っていき、彼女の容態を確かめる。
「ごめんなさいね……少し申し訳なくなって……」
「そっか、ありがとうね。婆さん……その気持ち嬉しいよ」
「お嬢様……」
手伝いたそうにシェリーに訴えてくるシュバリエに対し、シェリーは一つ頷いて見せる。
「あの、ホームバイツさん。良ければ、私たちにも少しだけお手伝いさせてください」
「あら、そちらの方々は……魔女さん?」
老婆はキョトンとした様子でシュバリエの方を見つめる。
「いいえ、お嬢さん。私は、紳士でございます」
少し誇らしげに言うシュバリエは、首飾りを老婆に見せる。
「あら、そう? なら、そんな大きなカボチャを被るなんて……変態さんなのね」
「ぶふッ――」
ホームバイツは少し吹き出す。
「……なるほど……で、あれば。私は変態紳士と言った所でしょうか?」
「おい、待ちーな! なんや、その物騒な名前は!」
真剣なトーンで言うシュバリエをホームバイツは、笑いを堪えながらも制止する。
「あ、すみません。シュバリエ、変なところで抜けてまして……」
「お、お嬢様、私は抜けてなど……!」
「ああ、ええよええよ」
ホームバイツは腹を抱えて爆笑する。その様子に、シェリーは少し恥ずかしさを覚え、頬を赤らめる。
「うちにも似てるのがおるわ。なんか、なごんでいいな……まあまあ、婆さん。なんか心強そうなのも増えたことやし、今度こそ待っといてな。俺らが猫ちゃん見つけてくるからさ」
「ええ、ごめんね……よろしく頼むわね……」
笑いが抜けきらないまま、ホームバイツはシェリーたちの方へと向き直る。
「ほな……いこっか……?」
「あ、あの……もう笑わないでいただけると……」
「嬢ちゃんのことは笑ってないんやけどな……まあ、すまんすまん。もうちょっとだけ待ってくれへんかな?」
ツボに入ってしまったホームバイツは、老婆を彼女の家まで送り届けた後、シェリーたちと猫の探索を始めることにした。




