2.あなただけの騎士(1)
「ちッ……先刻の魔女の魔法か」
狩人アグス・カインは、目の前に突如現れた異形の花を睨み、距離を取る。
打ち落とされた星屑。もとい流星との魔術的なパスが希薄になっている。この状況下で下手に抗戦してもいいものか。
そんな思考を見透かしたかのように、花は言い放つ。
「お初にお目にかかります。私の名はシュバリエ。お嬢様をお守りすべく生を賜りました、騎士にございます」
「騎士だと? 笑わせる。俺からすれば、執事服を着ただけの、ただの化け物に見えるが?」
「怖がらせてしまったようですね。失礼しました……私としましては、お嬢様の安全を確保したいだけなのです。ですからどうか、ここは引き下がってはいただけないでしょうか?」
話がかみ合わない。どこを見ているのかも、何を考えているのかもわからない、細身で長身のシュバリエに苛立ちを覚えるアグス。
「引き下がれ……だと? ふざけるな!! 俺は! 俺には、魔女を殲滅するという使命がある……! ここで引き下がる等言語道断!」
「そうですか……ですが、お嬢様の容態を考えると、こちらも時間をかけていられないのです」
大幅に機能が低下してしまった流星を横目に、表情を曇らせたアグスが剣を抜こうとした一瞬。
視界を埋め尽くす、幹の群れ。
「ぐッ――」
「ですので、少々手荒になってしまいますこと。どうか、ご理解ください」
間一髪と言えただろう。
剣を抜く一瞬の隙。崩れた態勢。重い衝撃。それら全てが自身に放たれた攻撃を致命的な物に作り変える最中。
彼の思考は自身の防御に専念することに切り替わり、彼の魔術を発動させた。
魔術。魔術師たちが魔女に対抗すべく生み出したそれは、実に使い勝手が悪く、一つの体につき一つの術を刻むことしかできない代物。
もし、アグスが肉体強化の魔術以外を選んでいたら、もし他の狩人が今の状況に直面していたら……。
これが走馬灯というものなのだろうか。
壁にめり込み、痛みで動かすことのできない体とは裏腹に、アグスの思考は冷静に状況の分析を始めていた。
「おや、意外と丈夫なのですね……ですが安心しました。その状態では追って来れないでしょう」
シェリーを優しく抱き上げ、その場を去ろうとするシュバリエ。
その背中にアグスは、弱弱しく投げかける。
「……まて…………」
「待ちませんよ。それではこれで……」
それは一瞬の事だった。一瞬で勝敗がついてしまった戦いに、アグスは一人表情を曇らせる。
過ぎ去っていくシュバリエの背を見つめ、ただ茫然とすることしかできないアグス。
「……今更……後戻りなど……」
シュバリエが去って暫くしてから吐いた言葉、それは苦悩に苛まれた子供の様。
「あらあら、随分と盛大に負けたみたいね?」
そんな彼を回収すべくゆらりと現れた、ウェーブ状の髪をした、人を値踏みするような目の女性。
多少デザインは違うものの、アグス同様白い制服に身を包んだ彼女もまた、狩人の一人だった。
「マーキュリー……」
「はいはい、喋んない。何とか命は助かったっぽいけど、そのままだと危険よ~?」
「どうせ引き際を考えなかったのだろう」などと呆れた様子で、アグスの治療を行うマーキュリー。
彼女はため息を吐きながらも、彼が気になっているであろうことについて話し始める。
「あの魔女ちゃんのお姉さん? は、私のだーい嫌いなディガード様が対応に出たそうよ」
ここで断言しない理由。それはマーキュリーの役割にあった。
今回、【罪火の魔女と正体不明の魔女の討伐】という名目に当たって数名の狩人とそのバックアップが用意された。
狩人が負けた際に、魔女の能力を詳細に伝える役目。それが今回マーキュリーに課された仕事だった。
当然。本来であれば、狩人同士で情報を共有しつつ、魔女を追い込むのが常套だ。しかしながら――。
「何故か魔女ちゃんたちに作戦がバレていた……これさえなければ、罪火の魔女も討伐できたでしょうね……」
「ちッ……よもや、魔女に与する愚か者がいようとは……」
「はいはい。黙った黙った……はい、これで良し」
包帯でぐるぐる巻きにされるアグス。それを見て満足そうなマーキュリー。
彼女はアグスを仲間に任せると、一人その場を後にする。
「マーキュリー様、どちらへ?」
「ん~? 逃げた魔女ちゃんの痕跡を探しに行くのよ」
マーキュリーは不敵に笑って見せた後、暗闇へと姿を消した。
◇
「どうしたものか……」
シュバリエはシェリーを抱えながら、街を目指し駆けていた。適切な治療を受けなければ、シェリーの命は持って数時間程度だろうか。
そんな焦りの中。シュバリエにとって、好ましくない状況があまりにも揃いすぎていた。
一つ、土地勘がないということ。二つ、今が夜中であるということ。三つ、今回の魔女狩りを住民たちが知っているであろうこと。そして最後に、シュバリエの自身の姿。
仮に病院を見つけられたとして、医師が寝ていない保証はあるだろうか。仮に起きていたとして、この状況で魔女と疑われることなく治療してくれるだろうか。
そして何より、この外見では医師からの信用を得られないであろうこと。
「やはり、状況は最悪と言ったところ……何とか穏便にお嬢様の治療を行えないものでしょうか……」
シュバリエが途方に暮れようとしていたその時だった。
「あはっ、グレーちゃんの言った通り!」
「新たな刺客……では、ないようですね」
突如背後から聞こえた活発そうな女性の声。そこには赤いアクセントが特徴的な服の人物が木の上に立っていた。
事もなげに飛び降りると、深々と被ったフードで顔を隠したその女性は、大げさな手振りで胸を叩きシュバリエに言う。
「この赤ずきんちゃんが、貴方を助けてあげまーしょう!!」




