22.長い道のり
追記:この作品は途中から読まれることを想定して作っておりません。
バトルものではありますが、キャラクターの積み重ねを重要視した構成となっており、世界観も複雑化しております。
一部キャラクターの描写には伏線となる箇所も多分に含まれるため、一話目から読むことを強く推奨しております。
夜明けの空が煌々と、部屋の中に明かりを落とす。
乾いた唇と、真っ赤に腫れた目にはどうも眩しすぎる。
そんなことすら、エレナは思えないでいた。
階段を上る足音が聞こえる。
「あ、あの! エレナさん……!」
「今は一人にして……」
「貴方のご両親からの手紙をお持ちしました……!」
シェリーは必死だった。
それもそのはず。まだ、エレナに手紙を渡せていないことに気が付いたのだから。
今の自分にできること。それは彼女の心の闇を晴らすこと。
自分が皆にしてもらったように、シェリー自身も誰かの光になれたのなら……この、何度も渡し損ねた手紙をようやく貴方へと――届けられる。
「エレナさん。もう、大丈夫ですよ」
エレナが振り返ることはなかった。
それでも、彼女の瞳には、とうに枯れ切ったはずの涙があふれていた。
「違う……私は魔女なの……」
「例えそうだとしても、貴方のことを待っている人がいるんです……!」
シェリーは必死に伝える。
「違う! やめて!」
それをエレナは拒むように、耳を塞いで蹲る。
シェリーは重たい息を飲み込むと、カバンから一通の手紙を取り出した。
「愛しいエレナへ。あの時は貴方のことを拒絶してしまってごめんなさい」
「お願い、もうやめて――!!」
エレナは思わず振り返る。それに対してシェリーは涙ながらに微笑んだ。
「やっと、こっちを見てくれましたね」
「違う、私は……エレナ・クロードなんかじゃない! ただの悍ましい怪物なの……! だからもう、構わないで……」
込めた力がだんだんと、弱弱しくなっていく。
「じゃあ、なんで貴方は泣いているんですか?」
「それは……」
「もう、大丈夫。もう、大丈夫ですよ」
気が付いた頃には、エレナはシェリーの胸の中に抱かれながら、涙を流し、その想いを叫んでいた。
「私は、誰なの……? 魔女なの……それとも、人なの……? それすらも、もう分からない……」
「なら、私と一緒に探しましょう」
それは陽だまりに浮かぶ天使の様だった。
温かで、軽やかで、この心を溶かすかのような。そんな小さな天使だった。
「エレナ……?」
聞きなれた声。その方向にエレナは思わず顔を向ける。
そこには、フランクウッドと両親の姿があった。
泣き崩れながら、母が謝罪する。
「ごめんなさい……私たち、ただただ怖くて、貴方のことを信じてあげられなかった……」
シェリーはエレナを抱きしめるのをやめ、彼女らからそっと離れ、フランクウッドの元へと向かう。
「お母さん、お父さん……私…………」
「もう、いいんだ。本当にすまなかったなぁ……エレナ」
普段、涙を見せない父が子供のように泣きじゃくる。
「私、もう少しだけ、生きていていいのかな……?」
「「もちろん。お帰り、エレナ……!!」」
それを見て、フランクウッドは一つ頷き、シェリーに言う。
「しばらく、親子だけにしてあげようか」
「……はい」
◇
「さて、落ち着いたかなエレナさん」
「はい、おかげさまです……」
フランクウッドと対面するエレナと、それを見守る形でくつろぐ、リリステナの面々とマーキュリー。
「それは何より……君も薄々気づいているとは思うが、当分この辺りでの暮らしはできないだろう」
「……はい」
この辺りは王都の防壁の外に位置している。魔女によって故郷を追われた者たちが集まり、作り上げられた街。
もちろん、防壁の建設も行われつつあるが、完成するのはもっと先になるだろう。
蛇足はさておき、王都に近いというのが問題だ。
王都は随分と広い。それでも狩人たちの本拠地があり、何より、つい5年前に建設が完了した列車で三駅ほどの位置になる。
知り合いの少ないシェリーならともかく、ここで何年も過ごしてたエレナには身バレのリスクがある。
「そこでだ。君には魔女についての研究をしている、ドクターの元に行ってもらおうと思う」
「ドクターですか……?」
「ああ、君たちの治療も兼ねてね」
フランクウッドはヒュースの方をちらりと見た。
魔術で無理やり体を動かしてるだけに過ぎない彼も、いつまでもその状態のままというのはいただけない。
「とは言え、普通の列車はなるべく避けたい」
フランクウッドは間を置いた。
「そこでだ、君たちにはとある魔術師に同行してもらう」
街中を歩く奇妙な人影。
大きなツノを生やし、逆三角形の仮面を身に着けた、やけに大きな人影。
巨大なリュックと、自身の体を隠すかの様に羽織られた白いローブには、魔術師であることの証明、金獅子の紋章が彫り込まれている。
その人物はやけに目立つというのに、街ゆく人々は気にも留めない。
そうしてその人物はリリステナの扉を叩いた。
「……噂をすればか、どうやら来たみたいだね」
フランクウッドは立ち上がり、その人物を出迎えるべく階段を下りていく。
「さて、紹介しよう」
アンリーは手で顔を抑えながら天を仰ぎ、ヒュースはおもむろに目を逸らす。
「魔道具師のヘケロン・オディクスだ」
やけに細長い、人形の様な機械的な手で、ヘケロンは軽くお辞儀する。
「紹介にあずかった。私こそが、美しき仮面愛好家、ヘケロン・オディクスその人だ。以後、お見知りおきを」




