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17.各々の想い


「おお! いいね、いいね! なんだか面白そうな気、配……ああ、あっちは確か……」


 無邪気な笑みが理性の中に流れ落ち、酷く冷たい声を残した。

 アズレア・ノノハは思い出す。戦場が酷く嫌いだった頃のことを。


 自身の父を母を友を全てを奪い去った戦地の真ん中で、泣いていた日々が頭に過ぎる。

 幼いながらに誓った復讐。それを為すため剣を取ったというのに――。


 ああ、狂いそうだ。だから僕から狂ってやった。


 なのに、オディステラ。君が全部を思い出させて来る。


「……ああ、今は一人じゃないんだったか。いやー守るべきものがあるってのも、なんだか大変なんだよね」


 そう感情のこもっていない言葉を吐き捨てると、アズレア・ノノハはゆらりとした動き――だ、す。


「なッ! 消え――」


 その白い制服の青年は、上級狩人としてではなく、アズレア・ノノハ、一個人として溶けるように走り出す。

 風のように霧のように、誰にも気づかれることのない亡霊のように、彼は走って発砲する。


 魔女の炎で、フランベルジュを溶かされた仲間を助ける為に、アズレア・ノノハは遊び心を殺す。

 別々の方向に放たれる弾丸。それを魔術の壁で軌道を逸らしながら加速させ、赤ずきんの針に対しての挟撃を行う。


 あれは覚悟を決めた目だ。武器を奪わない限り、攻撃は止まらないだろう。


 これを阻止されれば彼女は助からないだろう。だからこそ――アズレア・ノノハは銃を魔女に向かって投げつけた。


 弾丸を溶かそうとしていたシェリーの視界を一瞬、アズレアが投げ捨てた銃が塞ぐ。


「しまッ――」


 鳴り響く金属音。弾かれる巨大針。そのまま、白い服の青年は赤ずきんを蹴り飛ばし、オディステラの前に立つ。


「さ、帰ろうかオディ」

「ノノハ様……ああ、またしても私を救い出してくださったのですね……」


 その姿はやけに神秘的で美しい。さながら姫を救い出した、物語に出てくるような女騎士のよう。

 あの狂気に満ちた子供のような、女性のように可愛らしい青年は、静かで大人しい目をしたまま、優しく亡霊に語り掛けていた。


「今回はそこの魔女は諦めよう」


 あまりの出来事に後退りするエレナを見て、アズレアは言う。


「それじゃあ、僕らはもう行くよ。また今度やり合おう、罪火の魔女。そしてシュバリエ」


 そう言い残すと、アズレアはオディステラを抱きかかえ、その場を去って行ってしまった。



 ◇



「んぐっ……何とかなったみたいだね……はぁ、はぁ……生きてる~……」


 吹き飛ばされた地点で何とか起き上がるも、アンリーはすぐその場でへたり込み、フードを外す。あふれ出る熱気と、止まることのない汗。


「ほんと、奇跡みたい」


 誰が悪かったとかは無いけれど、自身を助けてくれた人物は明確だった。

 アンリーはその人の方へと目を向け、声を上げる。


「シェリーちゃん!」


 ふらつくシェリーとそれを囲むように、意思を持って燃え上がる炎。


「皆さん、逃げて……」


 シェリーの切実な願い。しかし、その言葉とは裏腹に、シェリーがその場で倒れると、その炎は消え去った。


「……なんかおかしいな」


 アンリーはぼそりと呟いた後、その場に取り残され蹲っているエレナに気づく。

 無理もないか。そんなことを思いながら髪をかき上げた後、アンリーはエレナを優しく手招いた。



 ◇



 一方、狩人が集う場所、協会の奥部では報告書に目を通している、長髪に糸目の男がいた。

 名を――ディガードという。


「おや」


 ディガードは書類をその場に置き、外の景色を見遣る。

 ただの夜空。普段の街並み。だというのに、彼は確信する。シェリーが彼女の力を使ったのだと。


 男は不敵に笑みを浮かべる。


「やっと、また使ってくれたのですね。これでようやく……私の計画を動かせる――」



 ◇



 シェリーがリリステナに保護される前、彼女がシュバリエと出会うきっかけとなった狩人、アグス・カインの元に一人の男が尋ねていた。


「おう、アグス。随分と派手にやられたって聞いて来たで。お前にとっての大先輩ホーンロッツさんや」


 やけに軽快に話す、気さくな若い男性は、見舞いの花束と人形を持って、協会の病室へとやってきていた。


「お久しぶりです。お戻りになられたのですね」

「まあな。にしてもディガードの野郎、俺ら上級狩人がおらん間に罪火の魔女討伐に乗り出すとかアホちゃうんけ」


 ホーンロッツ・ナガルは新聞紙をアグスが横たわるベッドのサイドテーブルに投げ飛ばし、その上にそっと花束を置く。


「面目ない」

「ああ、お前らの実力を悪く言うとるんちゃうで? あの魔女はイレギュラーなんや、もっと慎重になるべきやった言うとんねん」


 リンゴを剥きながら、アグスに食べるよう諭すホーンロッツ・ナガルと、それを断るアグス。


「……それは、俺にも刺さります」

「なんや、お前リンゴ嫌いやったんか?」

「……ああ、いえ。その、随分と回復してきましたので、食べさせていただくのは少し、抵抗がありまして」

「ああ、ホンマ」


 アグスは力こぶを作って見せる。それに対してホーンロッツは拍手を送る。


「あの、それよりも……そちらの人形は一体?」

「ああ、これか? かわええやろ?」


 アグスが指さした先にある人形。おそらく、店で売られているような物ではないのだろうことが見て取れる。

 派手な紫の洋服に、これまた奇抜な青のスカート。そして、ぼさぼさの髪の毛にぐちゃぐちゃの顔。到底可愛らしいとは思えない。

 どちらかと言えば、不気味だ。


「なんや? ガキどもが誰ともしれんお前の為にわざわざ作ってくれたんやで? 受け取られへん言うんか?」

「ああ、あの孤児院の……それは、失礼しました。俺も、可愛らしいと思います」

「ははは、ホンマ? 俺も不気味やとは思うで?」


 アグスは口をつぐむ。


「すまんすまん。ただ、可愛らしいとも思うんや。なんせ、ガキどもが楽しそうに、思いやりを込めて作ってくれたんやで? それだけで十分やろ」

「退院出来たら、お礼を言いに行きたいです」

「あいつらはお前のこと知らんのや、そん時は俺のこと、ちゃんと呼べよ?」

「ええ」


 先ほどまで、茶化すようにしていたホーンロッツの目が真剣なものに変わる。


「あいつらの平穏。一緒に守ってこな」

「……はい!」

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