16.炎と共に(2)
狼狽え、頭を抱えながら座り込み、悲鳴を上げるエレナと、無力感に苛まれるシェリー。
――私は、何をしているんだろう。
微笑むようにして繰り広げられるフランベルジュでの剣戟に、赤ずきんは苦戦を強いられていた。
その剣筋を防いで受け流そうにも、フランベルジュ特有のギザ刃が引っかかって思うようにいかず、少しの隙を見せれば、そのまま重たい一撃で体を鎮められそうになる。
受けられては、刀身を回転させ、次の攻撃に。これの繰り返し、何とか間合いに入れそうになったとしても蹴りが飛んでくる。
「本当っ! やりづらい!!」
蹴りにバランスを崩す一瞬に、亡霊は踏み込みを行いぐっと距離を縮める。
横に逃げても後ろに逃げても、長い刀身が赤ずきんの肉を抉ることになるだろう。
求められるのは、冷静さ。
研ぎ澄まされた感覚に怯えてはならない。逆にそれを利用する度量。それが求められている。
赤ずきんを焼き尽くさんとする鋭い刀身を間一髪で弾き飛ばす。
「先ほどから凄まじいですね……」
「私、アタッカーと正面からやり合うのは好きじゃないんだけど?」
圧倒的に不利な状況下。それでもアンリーは気丈に振舞う。
先ほどお腹に食らった攻撃以外は、いなし続けている。だから、まだいける。
「アタッカー? 私はノノハ様専用のサポーターになったのですよ」
「あーなるほど。やっぱり、あなたの頭おかしいよ」
嬉しそうに頬を染めながら語る亡霊に、赤ずきんの顔は引きつる。
ゆらり。亡霊は剣を構える。燃え上がる焔のように、それと踊る演武のように、その美しき亡霊はこちらを見据える。
刹那、立ち込める殺気の渦に赤ずきんの視野は狭まる。
赤ずきんは茫然と開いた口を強く、噛み締める。
「やってやろうじゃん?」
◇
シェリーはなんとなく理解していた。アンリーの戦い方が変わったことに。
さっきまでの、攻撃を受けないように意識した立ち回りとは違う、攻撃を受けてでも一撃を通す。そういった動きなのかもしれない。
あの剣をまともに食らうつもりなのだろうか。
高く振り上げられる美しい刃。波打ち、抉る。そんな剣。
それに対して、アンリーは姿勢を低くし、懐に無理やりにでも潜り込もうとする。
シェリーは酷く冷静だった。
きっとこの後、あの剣が振り下ろされ、脚をやられながらも、アンリーは彼女に一撃を喰らわせるだろう。
しかし、その後に待っているのは切り返しによる反撃だ。
――炎よ。
癒えることない深い傷と、焼けるような痛みをアンリーは受けることになるだろう。
――燃えろ。
本当にそれでいいのだろうか。私は何もできないまま、彼女だけに辛い思いをさせて……。
――揺らめくように。
私は、死にたくないし、苦しい思いもしたくない。でもそれは自分だけなのだろうか……。
否、違うはずだ。
シェリーの頭にほんの少しの思い出が過ぎる。アンリーの笑顔と優しさと無責任なところ。まだ苦手意識のあるヒュースに「何を為したいのか」と聞かれた時のこと。
そして、フランクウッドの思いやりと気遣い。何故だか、出会ってそんなに時間が経っていないというのに、そのどれもが鮮明な思い出になってしまった。
だからこそ――
「――私は、親しい人を守りたい。ロベリア、お願い。力を貸して――」
「ふふ、結局私を使うんだ?」
冷たい孤独に濡れた声。
それは、夢に出てきた、焦げたドレスを纏った、自身に似た彼女の声。それが、冷たく、そして優しく囁きかける。
「一緒に、何もかも……燃やし尽くしましょう?」シェリーはそれを受け入れない。それでも、シェリーは、アンリーを守るために、その渦へと身を委ねるのだ。
静かに目を閉じる。
――凪いだ炎が国を染め上げ、灰燼に帰した全てと彼女は踊る。
シェリーは腕を突き出した。指先から炎が伝い、彼女が着ていたドレスの一部へと形を変える。
――熱くはない。恐れもない。あるのは、ただただ、身を凍らせるような孤独だけ。
その全てに、彼女は炎を灯す――
「――お願い、燃えて」
◇
「バン、バンッ、バンッ!! いやー、いっぱい撃てるっていいねえ!」
いつもと違う動きに興奮するアズレア。
シュバリエに対して、バラバラに撃ち込まれる三発の弾丸。それに対して、シュバリエは幹を展開するように広げて対処する。
そして生まれる死角。そこにアズレアは滑り込んだタイミング――刹那、シュバリエを守るようにして、アズレアをルー・ガルーの攻撃が襲う。
一撃目を瞬時に首を傾げて避け、その追撃を横にステップをすることで避けるアズレア。
「うーん、やっぱり、子犬君は集団戦を学んじゃったんだね……まあ、それも面白いか」
「貴様に個人で勝てるなどと、奢れるほど強くもないからな」
弾丸を撃ちこまれた脚で、尚も動くルー・ガルーを見て、アズレアは少し残念そうにする。
もっと、個の力を磨いて欲しかった。もっと一匹狼らしくなって欲しかった。と、そう思う。
「ルー・ガルー様! 感謝いたします!!」
展開した幹を横に薙ぎ出し、挟撃に出るシュバリエ。それを体を逸らせるようにしてアズレアは避け、幹が過ぎたタイミングで走り出す。
「しまッ――!」
焦るシュバリエ。その横腹に蹴りを入れ、吹き飛んだ所を発砲するアズレア。
「よっし! クリーンヒット!」
弾丸が、シュバリエのお腹にヒットする。
「化物め……!」
「化物はそこにいるでしょ?」
アズレアは、銃口を倒れ伏したシュバリエの方へと、クイクイと手を振るように向ける。
「それにしても彼、なかなか強いね。君もあれくらい強くなればいいんじゃない?」
対面し硬直状態に入る二人。その後ろで、苦しそうにしながらも幹を伸ばそうとするシュバリエ。
まさに、倒れる前に最後の力を振り絞ろうとした、その時だった。
「――お願い、燃えて」
冷たい業火の気配が、辺りを染め上げた――。




