15.そっちの方が楽しいじゃん
ルー・ガルーの攻撃から伝わる重さ、それを受け流しながら利用し、後ろへと大きくバックするアズレア・ノノハ。
彼は「しまった」と楽しそうに言う。
「あはは、ナイフは使わないって決めてたのにな、あまりにもビックリしたものだから、ついつい使っちゃったよ」
「ほざけ」
アズレアはそのままナイフを腰に帯刀し、代わりに銃を取りだした。
しかし、それはルー・ガルーの知っている物とは大きく異なっている。
短銃ではあるのだが、弾倉の部分が大きく膨らんでいる。いわゆるリボルバーと呼ばれる物だった。
「驚いた? これさ、ディガードが新しい銃を作ってやるからって他国に依頼してくれてさ。なんと、弾丸を六つもつめられるんだ!」
嬉しそうに、楽しそうに、親からもらったおもちゃで遊ぶ子供のように、アズレア・ノノハは嬉々として語る。
「ルー・ガルー」
「赤ずきん、二人を逃がしてくれ」
「……分かった。死なないようにね」
「それはあいつの気分次第だ」
ルー・ガルーがアズレアを見遣ると、彼は微笑み手を振った。
「チッ……シュバリエ! 頼む、手を貸してくれ」
「お嬢様を直接お守りできないのは残念ですが、これも大切な役目でしょう。ですので、喜んでお受けいたします」
シュバリエは深々とお辞儀する。
その様子にアズレアはワクワクしながら目を輝かせる。
「君だよね! 報告にあった花の化け物ってのは、正直逃げてばっかりの魔女になんて興味なかったんだけどさ、こんな隠し玉があったなんて!」
「正直、私ではあなたのお相手が務まるかどうか……それでも、私もやらねばならぬことがありますゆえ」
「うんうん、そうでなくちゃ」
「改めて、私の名はシュバリエ。魔女の為の騎士にございます」
「! ふふ……改めて、僕の名はアズレア・ノノハ。上級狩人の座を預かってるよ」
二人が丁寧にお辞儀をする中、ルー・ガルーは、アズレアの死角となるシュバリエの影へと潜む。
向き合う、シュバリエとアズレアの間に伝う、ひりつく静寂。それを破ったのはアズレア・ノノハだった。
轟音から放たれる弾丸。シュバリエはそれを腕から伸ばした幹で防ぎ、そのまま幹を周囲一帯に這わせ、障害物を形成する。
「うんうん、弾丸を防ぐため。それと――」
幹の隙間を縫って、アズレアの横から剣劇を繰り出すルー・ガルー。そして、それに合わせる形で、上から叩きつけるようにしなる幹。
しかしそれらは、見えない壁に阻まれる。
「子犬君が立ちまわりやすいようにするためかな?」
確かな感覚はあったものの、通らなかった。それを瞬時に理解し、距離を置き潜むルー・ガルーとそれを察し、彼を隠すために動く幹。
一秒未満という短い時間で、壁が解けた直後に振り降ろされた幹をアズレアは、一歩だけ、横にそれることで回避し、反撃にと弾丸を打ち込む。
幹の隙間、その細い間を加速しながら駆け抜けるルー・ガルーは、唐突なその攻撃に身をねじりながら、双剣を使い弾丸の軌道を逸らして回避する。
危機一髪。しかしながら、これはまだ様子見に過ぎない。
「う~ん……君のさっきの攻撃、少し変だよね?」
「おや、お気づきになられましたか? アズレア殿」
お互いにその場から動かぬまま、周囲の状況だけが激しく変化する。
うねる幹と潜む狼。それをまるで気にしていないかのようにアズレアは続ける。
「多分、0.1秒。0.1秒だけ、魔術の効果時間が少なくなっていた、君。僕の魔術に何かしたでしょ?」
アズレアの頬に、不気味な笑みが明るく灯る。
「さあ? それはどうでしょうか?」
「……いいねぇ。いい。実にいい……!! あ~、やっぱり戦いはこうでなくっちゃ」
アズレアは腕を伸ばして、その場で大きく回りだし、真後ろに向かって発砲する。
「――流石だなアズレア……!」
勢いよく背後から現れたルー・ガルーは、苦痛に表情を歪めながら、また幹へと潜む。
アズレアが放った弾丸が、ルー・ガルーの二の腕を掠め取ったのだ。
「ルー・ガルー様、今はお下がりを……」
「……ああ」
アズレアは回り終わった後、静かに目を閉じ、胸に手を当て語りだす。
「僕の魔術は【停滞】空気限定にはなるけどね。さっきの壁はこの魔術のお陰だよ」
「いきなり何を……?」
シュバリエの疑問もお構いなしに彼は続ける。
「この銃に装弾されている残弾数は三発。残っている弾丸は十八発。今回の僕の勝利条件は魔女エレナの討伐、バックアップは無し。サポーターが一名」
不気味なまでに冷静に、そして神秘的に彼は語った。
シュバリエはその背後に、カメレオンのような化け物を見る。
ぎょろぎょろと目を回し、やがて一点を見つめる怪物。それはまるで、こちらを餌としてしか思っていないかのような、無常感が漂っていた。
その姿にシュバリエは声を引きつらせ尋ねる。
「ずいぶんと、ご自身について、語ってくださるのですね……?」
ゆっくりと目を見開くアズレア。せり上がる恐怖に、震える指先。詰まる息。それら全てを彼は笑う。
「だって……そっちの方が楽しいじゃん」
小さな悪魔は、またも、微笑みかけていた。




