14.この手の想いを貴方へと
ルー・ガルーは双剣を握りしめ、合流してきた赤ずきんの方へと横目を向ける。
「赤ずきん、わかっているな?」
「蜃気楼みたいな歪み、アレが攻撃前の予兆。魔女自体は錯乱しているけど意外と狙いが的確」
「よし、行くぞ」
状況のすり合わせ。それさえできれば後は単純だ。彼女を信じて突き進む。それだけだ。
ルー・ガルーは軽くジャンプし、着地と同時に走り出す。
青い魔術が体を駆け、その少しだけの動作を常軌を逸したスピードにまで加速させる。
「ああああああ!!」
魔女が叫び、抉れ、浮かぶ破片の数々。それらが、捻じれ引き伸び、槍となる。
「――」
右に上に左に下に、宙に地面に、様々な角度から螺旋を描くように伸びるそれらを寡黙に、身をねじって避ける。
その姿はまさに獣。その回転すらも利用し、更に加速する。
エレナの力で、どんどんと広がる空間と、引き離される距離。それすらもお構いなしに彼は走る。
回避ができないのなら切りつけ、強引にでも道を作るまで。
「うあああ!! どうして探してくれないの!!」
瓦礫の槍を斬り上げながら、宙高くへと舞い上がり――そのままルー・ガルーは歪みに囲まれる。
「これを待ってたさ。赤ずきん!!」
「はいはい、赤ずきんちゃんですよ~」
ルー・ガルーに夢中になった異形の魔女の後ろに、ふらっと現れた少女は、その手に巨大な針を持つ。
「ちょ~とチクッとするかもだけど、大丈夫! すぐに感覚なくなるからさ――」
「ぎゃああああああ!!」
ブスリ、と糸が魔女の腕を突き刺し、そこから延びてきた糸を赤ずきんはハサミで切る。
すると、魔女の腕がぶらりと垂れ落ち、感覚が消失した。
魔女の悲鳴、それと同時に消えた歪みをチャンスに、ルー・ガルーはそのまま落下し刃を振るう。
「――ッ!」
魔女は急いで彼を見上げた。刹那、吹き抜ける風に乗って聞こえた声。
それは愛しい彼の呼び声で「一緒に帰ろうか、エレナ」優しく差し伸べられた手をエレナは見つめる。
「あれ、私……何してたんだっけ?」自然と彼女は、その脅威を受け入れつつあった。
自身に向けられる、鋭い刃と、冷たい殺気。でも、それでいてどこか温かい。きっと彼の元へと連れ戻してくれる。
そんな確信が彼女にはあった――。
「さあ、戻ってきてもらおうか! エレナ・クロード……!!」
――……舞い上がる煙と、飛び散る破片の数々。それらは一瞬にして現れ去っていったというのに、時の流れはやたらと穏やかだった。
それもそのはず、魔女エレナが人の姿に戻ったのだから。
「あなた、たちは……?」
「答えにはなりませんが、俺たちは貴方を救いに……貴方の帰りを待っている人たちの想いを届けに来た者です」
「私の帰りを……?」
「ええ」
すべてが終わったことを悟り、シェリーは赤ずきんの元へと駆け寄った。
赤ずきんが軽く手を出し、ハイタッチを要求してくる。それに答えると、彼女は親指を突き立て、笑って見せた。
「まさに、ハッピーエンドと言った所かな?」
中性的な明るい声が聞こえ、ルー・ガルーは目を閉じる。
予想していた最悪な事態がやって来たのだ。
「……エレナさん、色々と疑問は浮かぶでしょうが、今はあの花頭の男の元へ行っていただけませんか?」
「一体」
「お願いします」
ルー・ガルーはエレナの唇を抑え、冷静に頼む。その姿に、何かただならない雰囲気を感じ取った彼女は、一つ頷く。
「久しいな、アズレア・ノノハ」
「うん、久しぶりだね。子犬君?」
アズレア・ノノハは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
◇
老騎士は今でも語る。魔女が現れる前に行われていた戦争のことを。そこにいた一人の少年のことを。
皆が戦争を忌み嫌い合いながらも、戦い続ける中、その少年だけは己の快楽の為だけに剣を振るい続けていた。
それはもう、楽しそうに、軽やかなステップで霧のように広がり、鎧の隙間を縫って剣を突き、武器を奪い、また新たな敵を求めて彷徨う。
話に聞けば、上の命令も無視し、様々な騎士から恨まれ、囲まれ、その度に敵を一人残さず殲滅したという。
いつしか彼はこう呼ばれるようになった。「死神殺しの小さな悪魔」。
それこそが、アズレア・ノノハその人だ。
「いや~、君と会ったのはいつだっけ? えっと~確か……血を硬質化させる魔女を探ってた時だっけ?」
「……お前が奪った命だろ……ふざけているのか?」
「やだなぁ~、命を奪うってのは全部一緒だよ。そこに価値もなければ、悔めばいいってものでもない。それとも何? ああ、あの時は本当にひどいことをした……!!」
アズレア・ノノハはわざとらしく、膝から崩れ落ち、天に向かって手を伸ばす。
「なんて詫びれば、君は許してくれるのかな?」
「――貴様!!」
「まあまあ、落ち着きなよ、ルー・ガルー。じゃなきゃ前の二の舞だよ?」
激昂するルー・ガルーを軽く窘める赤ずきん。
それを聞き、ルー・ガルーは目を閉じ心を落ち着かせようとする。
「いや~、それにしても、彼女の能力は便利だね。人を斬ってから内側から血の刃を生み出せたり、止血のために使えたりで、今はうちの治療班の立派な武器として活躍しているよ」
その挑発的な物言い。それは、武器となった魔女の在りかたを否定するもので、当然ルー・ガルーは許容できるものではなく――鈍い金属音を響かせる。
「おお~怖い怖い」
鍔競り合う双剣とナイフ。自然とルー・ガルーはアズレア・ノノハに刃を向けていた。




