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12.昔の続きは今じゃない


「あぁ……お腹、空いたな……」


 エレナは一人、大厄災によって破壊された、夜更けの町外れを彷徨っていた。

 行く当てを奪われた彼女は、ただ一人で、いつ追ってくるかも分からない狩人から逃れるために自身の体に鞭を打つ。


 一体どれだけこうしていたのだろうか。

 四日前からこうして、ずっとずっと同じ場所を歩き続けている気がしてならない。


 何日食べずにいたのだろうか。


 いったいどれくらい歩いているのだろうか。


 果たして狩人は自分を見つけるのだろうか。


「あれ? いつまでこうしていればいいんだっけ?」


 エレナがふと足を止めた時だった。

 爽やかな風が吹き抜け、青い落ち葉と共に、見覚えのある帽子を巻き上げる。


「……帽子なんてしてたっけ?」


 温かな日差しに、ひんやりとした石の壁と、遠くから聞こえる愛しいあの人の声。


「もう、いいかーい?」


 ああ、そうだったか。自分は今、あの人と一緒にかくれんぼをしてるんだった。


 エレナは笑う。


「まーだだよ~――」

「――まだ、だよ、まだ……イヒヒ」


 砦跡地の中へエレナは走る。壁の冷たさが気持ちいい。通り抜ける風は涼し気で、心地いい。

 エレナは嬉しくてしょうがなかった。だって、あの人が私を探してくれるのだから。


 ――月光の元、一人の魔女が廃墟に入る。

 ブリキの様にぎこちなく、渦の様に歪んだ顔に、飛び切りの笑みを浮かべ、折れ曲がった異様に細長い腕を壁に押し当て引きずりながら、彼女は歌う。


 かくれんぼをしているというのに、彼女は鼻歌を口ずさむ。だって、そうしていれば――彼が見つけてくれるから。



 ◇



 お母さんは言った。貴方にも素敵な人が出来てよかったと、まるで自分のことのように、彼ができたことを喜んでくれた。

 今までいろんなことがあったもの。


 戦争が激化して、お父さんが騎士として前線に送られて、やっと停戦して帰ってきてくれて……。

 お母さんと二人だけでの辛い暮らしも、今になってはいい思い出なのかもなんて思えて仕方ない。


「昔、よく遊んでたものね……あなたには辛い思いをたくさんさせちゃったけど、お母さん。貴方が幸せになってくれるなら、それが一番うれしいの」


 使い終わった食器を一緒に洗いながら、お母さんと二人昔のことについて話し合う。

 軽やかに、それも二人で、今後について夢想する。


 結婚するってなったらどうなるんだろうか。まだ、恥ずかしくて耳が赤くなってしまうけど、少し先が楽しみになる。

 きっと、お母さんみたいに、毎日ご飯を作って、食器を洗って、洗濯をして……きっと大変だし、辛いこともあるけれど、今はこのフワフワとした気持ちに浸っていたい。


「エ、エレナ……? それ……?」

「え?」


 歪んだ食器を手に――歪な渦で、魔女は笑う。



 ◇



 とある民家の一室で、照明代わりの蝋燭が灯る。

 ヒュースとエレナの両親、クロード夫妻が、テーブルを挟んで静かな悲しみを語り合う。


「今から、エレナさんに手紙の受け渡しを行ってきます。手紙の他に渡したい物、伝えたいことがあればおっしゃってください」


 母親はずっと涙を流し続け、とても話せる状態にない。

 それを察してか、涙を堪えるため、顔を引きつらせたエレナの父が応答する。


「なら! あの子に……あの子に……こんな俺が言えた義理じゃねえかもしれねえが…………いつでも、帰ってきてくれ……そう、伝えてはくれないか?」

「先ほどもお話しましたが、昨夜、私がエレナさんの所在を確認しに行った際には、既に魔女化の傾向が見受けられました。それでも――彼女に戻ってきてほしいと言えますか?」

「ああ、もう迷わないと決めたんだ。全てを受け入れるだけの余裕はまだねえが、腹は、覚悟は決めたさ……!」


 ヒュースは目を閉じる。これは人の想いを伝える仕事だ。

 彼の言葉の重みを探れ、それが嘘偽りないのかどうか、それを感じ取れ、そう自身に言い聞かせる。


「……分かりました。お伝えしましょう、しかしながらすぐに戻ってくることは叶わないでしょう。何分、彼女も危険に晒されている状況ですので、ご理解を」

「私が……私たちが……! 狩人様方に通報さえしなければ、エレナはエレナは……まだ!!」


 ボロボロと大粒の涙を流し、引きずるように声を出す母の姿。それは、外で待機しているシュバリエたちにも届くほどだった。

 泣き崩れ、後悔し、押しつぶされそうになりながらも、最後の希望に縋る両親の姿。

 それでも、ヒュースは冷静を取り繕わなければならない。この場で冷静な思考をできるのは、第三者である自分だけなのだから。

 そこに共感は不要だ。


「我々も精一杯務めるつもりです。ですが――」

「その先は言わんでくれ……言っただろう。覚悟はできてる、でもやっぱり、どうしても受け入れられないものってのはあるもんなんだなぁ……!」

「……分かりました」


 ついに泣き出してしまう父親とそれを見守るヒュース。


「それと……ヒュースさん。これをあの子に……」


 父親が手渡してきたのは、水筒といくつかの手作りされたパン。そして砕いたビスケットとクリームを使った、庶民的なお菓子だった。

 ヒュースはこくりと頷く。


「他には、大丈夫ですか?」

「ああ、よろしくお願いします」


 エレナにもう一度会える保証も、きちんと手紙が届く保証もない。それでも彼らはヒュースたちに託し、覚悟を決めたのだ。

 やけに軽くも重たい扉。それを開け外に出る。


 ヒュースは一つ息を吐き、狼をモチーフに作られたマスクを口元に取り付ける。


「どうやら終わったみたいだね」


 壁にもたれかかっていた赤ずきんが、ひょいっと飛び跳ね身を起こし、それに続いてフクロウの木面を身に着けたシェリーも彼を見る。


「お前たち行くぞ。狩人に見つかるよりも早く、巻でだ――」


 ヒュースもとい、ルー・ガルーは静かに牙を研ぎだした。

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