10.「アズレア・ノノハ」という男
「あら、もう終わったの? なら、あんたも食べる? なかなか美味しいわよ」
シェリーを出迎える、マーキュリーとアンリー。奥のキッチンの方では、シュバリエがドルクの所のパンを使って、サンドイッチを作っているようだった。
「あれ、ヒュースさんは……?」
「あ~、あの残念盲信者ならさっき出てったわよ、調べ事があるって」
酷い言われようだなとは思いつつも、否定することもなく、手渡された菓子パンを受け取るシェリー。
ソファーに寝そべるアンリーの真横に座るシェリーに、菓子パンをねだるアンリーと、アンリーの脚を引っ張り、ソファから引きづり降ろすマーキュリー。
その慌ただしい様子に、仕事場から出てきたフランクウッドが咳ばらいをし言う。
「マーキュリー? もう夕暮れだ。要がないようなら帰ってもらうことになるが?」
「あ、あら~、そんなに、怒らないでもらえるかしら~」
マーキュリーはアンリーの両脚から手を放し、掲げる。
ため息を吐くフランクウッドと、見合わせるシェリーとアンリー。
「おや、お嬢様。戻られていましたか」
ちょうど、シュバリエがサンドイッチを運びに来た頃、マーキュリーは入れ違いで仕事場の方へと入っていった。
「おや? どうかされましたか?」
「あ、ううん。何でもないよ。それより、ありがとうシュバリエ」
そのまま、シェリーとアンリーはサンドイッチを食べ始めるのだった。
◇
「さて……フリーの魔術師たちに調べてもらったよ」
マーキュリーは手渡された封筒の中から二枚の書類と、一枚の写真を取り出し、確認する。
「おかしいと思ってたのよね。去年の冬頃から急激に魔女の露見件数が増えてきてたもの」
一枚目の書類には、この国全体に大規模な魔術式が、何層にも施されていると記されていた。
幾分、数が多く巨大であるため、全容を把握することはできないながらも、魔女の魔力を乱すための何かがあることは分かったらしく、それらの動力源が地下にあることが推測されると記されていた。
おそらく、シュバリエの言っていた魔女の気配と関係があるのだろうと、マーキュリーは考える。
「流石ね、こんな短期間で調べてくれるなんて思ってもなかったわ」
「旧友の伝手でね。こちらも苦労したものだよ……」
マーキュリーは二枚目の書類に目を通しながら言う。
二枚目の書類には、これまた気になっていたことが記されていた。
「生命を生み出す魔法を操る魔女について」記録が少ないながらも、七百八十六年前と九百六十九年前の神話に記載されていたものと内容が酷似しているとのこと。
――名をイフェイオンという。
「ねえ、魔女も人間と同じ寿命なのよね?」
「そのはずだが……たまたま同一の魔法を操る魔女が、同一の名前を有していたという可能性もゼロではない。それに魔術師たちの間での神話の類だ。我々のような素人には分からんさ」
「……イフェイオン。ディガードが討伐していると公言した魔女……はぁ、何かありそうね。一度、魔女ちゃんにお姉さんについて聞いた方がいいかもね」
「魔女ちゃん……か」
その呼び名に少し思うところがあるフランクウッドに対し、マーキュリーは冷たく言い放つ。
「なに?」
「いや、そうだな。我々は、あくまで目的を同じにしているだけに過ぎないのだったな」
「……分かってるならいいのよ」
マーキュリーは目を逸らして、髪の毛をくるくるといじる。
フランクウッドはその様子を見て、少し下を向く。俯き、考え、微妙な空気を変えるために話題を戻す。
「それで、最近の狩人の同行はどうなんだ?」
「正直、そちらに対して良い状況とは言えないわね」
「というと?」
「他国に出向いていた上級狩人たちが、戻りつつあるわ」
ヒュースから聞いていた話ではあるが、フランクウッドは今一度、熟考する。
シェリーの保護が上手くいったのも、彼ら上級狩人の不在が大きかったからだ。
魔女を相手に戦うアタッカーから、それを支えるサポーター、そして戦闘時のデータ収集と、必要であれば戦闘中の狩人の回収と素早い状況判断が求められるバックアップ。
それらを逸脱レベルで行う存在、それが上級狩人だ。
例えるなら、下級狩人たちを凡人として、マーキュリー含む中級狩人がその手の達人とする。上級狩人とは、それら達人が三人がかりになってやっと勝てるかどうかといったところだろう。
中級狩人三人分と聞いて、その実力を過小評価する者もいるが、留意すべき点は、達人級の狩人相手に、多対一で五分五分の勝負に持っていけるという点だ。
熟達した人間同士であれば、当然連携の質も良く、一撃一撃にも意味があるものばかり。
そんな相手に、下級狩人が十数人で挑んだとしても勝てる見込みはないだろう。
「……あまり、状況は芳しくないな……ディガードは除くとして、上級狩人は現在五人だったか? その内、誰が最初に到着すると思う?」
「アズレア・ノノハ」
「なるほど、一番勝機は無いが一番助かる可能性のある相手だな。わかった、こちらも死人を出したいわけじゃない。気乗りはしないが、アンリーを付けるとしよう」
「あら~? いきなりアンリーと魔女ちゃんを一緒にしちゃうわけ~?」
「それ以外に何かいい方法があると?」
茶化すようなマーキュリーに、フランクウッドは鋭い視線を向ける。
しかし、マーキュリーは臆することなく口にする。「手を引くことだ」と。
「無理な話だ。上級狩人が戻ってきている現状、一刻も早く彼女の価値観を壊し、我々も迅速な手を打つ必要がある」
「はいはい、私は忠告したわよ~? 私の協力者ともあろう人間が、あっけなく死なないことを願っているわ」
やけに挑発的な物言いのマーキュリー。
「無論、協力者である君も、手伝ってくれるんだろう?」
それに対してフランクウッドは「協力者」という言葉を盾にする。
押し黙るマーキュリーは口論では勝てないと悟ったのか、続ける。
「情報だけは流してあげる。それ以上は無理よ、いいわね?」
「ああ、十分だ」
会話を終えると、マーキュリーは明るい雰囲気を装い、シェリーたちの元へと戻っていった。




