104.貴方を信じたい
「ヒュース様……」
去りゆくヒュースの姿を見送り、シェリーはハッとし、押し黙る。
フランクウッドが亡くなっているのだ。
それなのに、忙しなく、亡くなった彼へと意識を集中させられない。
シェリーは血で滲んだソファーへと視線を落とし、葛藤する。
「……ねえ、シュバリエ。さっき、どうしてあんなに叫んだの?」
「え、あ……いえ」
シェリーは力なくシュバリエへと問いかけた。
それがとても冷たく感じられたのか、シュバリエは少し怯んだ様子を見せる。
「別に怒ってないよ……ただ、少し……気になっただけ」
「……シュバリエ、言った方がいいよ」
迷っていた様子のシュバリエにアンリーはそう告げた。
「……」
シュバリエはアンリーの方を見た。
そして、少し悩みシェリーへと向き直り、告げる。
「今は簡潔に語ります」
「うん」
「私は目が見えません」
それはシェリーにとって、思い当たる所がいくつもある言葉だった。
しかし、だからと言って、それで驚かないわけじゃない。
「え……」
シュバリエは目を逸らす。
「厳密に言えば、皆様と見ている世界が違うと言うべきでしょうか?」
そうだ。彼は目が見えていない。
「私は、根源の働き。それらを感知しています」
「根源の働き?」
「魔女の気配や、物を構築している根源そのもの、後は魔術とその術式。それらが光の粒のようになって暗い世界の中を彩っているのです」
シェリーは少し考え込んでから言った。
「形だけは見えてるの?」
「……大まかにだけではありますが、多少は……」
「…………なんで、今まで言ってくれなかったの?」
フランクウッドが亡くなったことと、シュバリエのこの唐突な告白。
それらがシェリーを同時に襲う。
そんなわけではないのに、何処か裏切られたようにすら感じられて、とても辛い。
「申し訳ありません……最初は、単に何とも思っていませんでしたので……ただ、次第にこの景色が嫌になってしまい、打ち明けることを……後回しにしてしまいました」
「……そう…………それで、さっきのヒュースさんの件は、どうしてなの?」
シェリーはぐっと何かを飲み込んだ。
分かっている。
彼にだって、彼の気持ちがある。
今まで、自分の話を彼がどれだけ聞いてくれたか。
辛いときに、どれだけ助けられたか。
まだ、出会ってからそれほど経っていないというのに、彼には感謝してもしきれないことばかりだ。
「ええ、先ほど……その……ヒュース様から…………魔女の気配を感じましたので」
「「え……?」」
恐怖を重ね掛け、不気味を上乗せる。それは、そんな回答だった。
「いやいやいや……ちょっと待って……ちょっと待ってよ………………えぇ……待ってよ……そんな」
アンリーの声色がだんだんと弱々しくなっていく。
これからどうすればいいと言うのだろうか。
フランクウッドは死に、マーキュリーとは会うことが出来なくなっており、ヒュースは魔女の気配がすると言われた現状。
アンリーの中で、一つの不安が頭を過る。
自身も、魔女となってしまうのかもしれない。
もう、かつてのリリステナはここにない。
そんな中でアンリーは、これからどうするのかを、自分で決めなければならないのだ。
生きる意味と言った問題に、答えが出ていない現状で。
そんな不安の中で、ドアを叩く音がした。
ドンドン。
ドンドンドン。
ドンドンドンドンドン。
「……」
三人は、音のなる方へと視線を向ける。
暫くの緊張。
それを破る、シュバリエの歩み。
そして、ノブに手をかけそれを軽く捻ってみる。
キィーといった軋む音。
「…………」
「フランクウッドさんは……?」
「ドルク様……こちらです」
ドアを叩いていた正体はドルクだった。
少しの安堵。
それでもやはり、皆の間に緊張は残る。
シュバリエがドルクをフランクウッドの元へと案内した後も、アンリーはぐちゃぐちゃになった感情を隠せないでいた。
「……」
それを見透かしてか、ドルクはアンリーへと告げた。
「おいアンリー。フランクウッドさんは何処で亡くなっとったんだ?」
「え……あっち」
「案内しろ」
「うん……」
二人がフランクウッドが亡くなっていたあの部屋へと向かってく。
その後ろ姿をシェリーは見つめ、そこについて行こうとしたシュバリエの袖をキュッと握った。
「お嬢様?」
「ねえ、シュバリエ。さっきの話、打ち明けてくれてありがとう」
シュバリエは言葉を詰まらせる。
「貴方は私を助けてばっかりで、私はまだ、貴方に何も返せていない。これから先に、何かを返せる機会が訪れるのかも分からない。残念だけどね……だから、今は――」
シェリーはシュバリエのことを見つめることなく言った。
「貴方のことを信じてあげるくらいしかできない」
シェリーはシュバリエの方を見つめ、優しい笑みを浮かべた。
彼がその表情を読み取ることができないと、分かりながらも彼女は、その笑みを――彼のためにと送るのだ。
「これからも私は、貴方の事をしっかり考える。考えて、頑張って理解するつもりだよ。いつもありがとう。それと大変になっていくんだろうけど、これからもよろしくね。シュバリエ」
「…………」
「行こ」
シェリーがドルクたちの後を追っていく。
その後ろ姿をシュバリエは見つめ、ボソッと呟いた。
「十分すぎるくらいですよ。お嬢様」




