103.外れたリード
張り詰めるような空気が、シュバリエとヒュース、両名の間に走る。
「ねえ、何やってるわけ?」
そこにまた一滴、不穏な言葉が染み渡る。
「アンリー……マーキュリーはどうした」
シュバリエを押しやり、ヒュースはアンリーの方へと視線を移す。
その目はさながら、獲物に飢えた獣のようで、今まさに、こちらへと牙を向けているのかと思えるほどに、鋭いもの。
「先生が死んだって言うのに、することがそれなわけ? シュバリエに当たらないでくれる? 物凄く不快なんだけど」
それに対して、アンリーはただ冷ややかな視線を送る。
「……お前の方こそ、どうなんだ? 師匠が殺されたって言うのに、随分と落ち着いているみたいだな?」
「…………は? そっちこそ、随分と落ち着いているみたいですね? あんたのことだからもっとピーピー喚くと思ってたんだけど?」
普段からアンリーとヒュースの仲はそれほど良くはなかった。
が、別に互いに嫌い合っていたというわけじゃない。
しかし今はどうだ。
アンリーはヒュースに対し、心の底から軽蔑したかのような視線を送り、それに対しヒュースは、まるで敵と相対したかのような視線で返す。
殺伐とした居心地の悪さ。
それを互いに押し付け合っている。
「ねえ、アンリー。やめよう」
「……そうだね、ごめん」
シェリーはアンリーの前へと乗り出した。
そして彼女は言う。
「そんなこととまでは言いませんが、まずはフランクウッドさんを弔いませんか? ヒュースさん」
「…………」
ヒュースはソファーへと移され、横たわるフランクウッドの遺体へと視線を移し、押し黙る。
「…………いや、俺にはできない」
「そうですか」
シェリーがフランクウッドの遺体へと近づくのをヒュースはただ、見つめ、目を逸らす。
「アンリー。マーキュリーは何処だ?」
「……知らない」
「……そうか」
「何するつもり?」
「殺しに行く」
「は?」
フランクウッドへと体を向けたまま、二人のやり取りへとシェリーは目を向ける。
「お前だって気づいているだろ」
「まだ確実じゃない」
「あいつは俺たちを裏切った」
「元々言ってたじゃん。仲間じゃないって」
「じゃあ、殺してもいいだろう」
「殺せばいいってわけじゃないでしょ?」
静かに始まり、やがて激しく変わっていく。
「狩人散々殺したんだ。今更だろう」
「それは……」
「ヒュース様……今は、やめましょう」
「…………俺は……」
ヒュースは押し黙る。
押し黙り、下を向く。頭を抱える。
――お前は武器だ。師匠の為の剣に過ぎない。
ヒュースは目を見開いた。
そして、気持ちを落ち着かせる。
「俺は、師匠の為の……師匠の為だけの剣だ。それ以外の何者でもない」
「はい? 何言って……」
ヒュースは出口へと向かっていく。
「――ねえ、ヒュースどこ行くつもり?」
「じゃあな」
アンリーは、信じられないものを見るような目で、ヒュースを見た。
それに対して、ヒュースは何とも思っていないかのように、視線で返す。
「信っじらんない……自分がやってること分かってる? 本当にキモイんだけど」
「……そうか」
「は?」
「アンリー様、この辺りにしましょう……」
アンリーの腹の底から込み上げてくる怒り。それを抑えるかのように、シュバリエが制止する。
「ヒュース様、行ってしまわれるのですか?」
「………………」
ヒュースは再びフランクウッドの遺体へと目を向けた。
フランクウッドの隣から、シェリーがこちらを見つめているのが分かる。が、彼の視線はその更に奥へと自然と吸い寄せられるのであった。
――お前は武器だ。
背筋が震える。
体に刻まれた魔術が反応する。
ゾワリとした悪寒が、ヒュースを舐めまわす。
――お前は剣だ。
そうだ。ヒュースはフランクウッドの掲げる夢を実現させるべく、彼の元についていた。
――お前には何があった。
そうだ。俺には何もなかった。ただただ、無意味に生きて、無意味に暴力を振るっていた自分に道を示してくれたのは誰だ。それは師匠だ。
――減点だ。武器として、牙として。
ヒュースは息を呑みこんだ。
そうだ。俺には何の取柄もない。師匠の剣となると決めたというのに、どうだ。酷い有様だ。
魔女を救う。俺には到底持ちえなかった、崇高な願いを掲げていた師匠はどうなった。
何故、ああなった。俺が、傍に居なかったからだ。
俺が、俺が、俺が、居なかったから。
そうだ。俺が――
「――俺が居なかったからだ」
「……ヒュース様?」
魔術がヒュースの体を駆け巡る。
――あまり魔術に頼りすぎないようにね。それを使い続けるのはよろしくない
それは泡沫へと消えていった、かつての言葉。
この言葉の主さえも、ヒュースがその場に居なかったばかりに、失った。
「ねえ、ちょっとなに? さっきからブツブツと」
「減点……そう、俺には何も…………」
「ヒュース様! お気を確かに」
シュバリエの咄嗟の叫び。
それに、ヒュースの意識が呼び戻される。
ハッと我に返った彼は、こう言った。
「……すまない」
ヒュースが逃げるように、扉を押しのけ、そのままどこかへと走り去っていく最中であった。
シェリーは気づく。
「毛……?」
ヒュースの瞳の色がわずかに黄色く変わっていたこと、そして彼の首元に狼のような体毛が生えていたことを。




