101.涙
「――今は、泣くべきだと思います」
「…………もう、うるさいなぁ~……そんなこと、分かってるよ……」
アンリーは、震えるように言葉をつづる。
「でもさ、許されていいと思うわけ?」
その目は、揺れ動きながらもシュバリエの事をしっかりと捉えていた。
「今でこそ、私たち……リリステナでやって来たことが間違いじゃなかったのかも……なんて思えてきたけどさ。結局のところ、私がやって来たのは人殺しなの」
その言葉を受けて、シュバリエは思う。
――確かに、フランクウッドがしてきたことはとても許されることではないのかもしれない。と――
だが、シュバリエにとっては、何が正解で、何が不正解なのかも分からない。
彼自身、感じていることがある。
自分の感情は、人とは違う仕組みで出来ていると、そんな自分が……人について語るのは、愚かなことではないのかと……。
「わかる……? シェリーちゃんを狙う狩人にだって、家族がいるの。家族がいたの……それにさ…………」
今までため込んでいたことをすべて吐き出すかのように、彼女は淡々と告げていく。
「私は別に、魔女を救いたいなんて理由があって、先生の元に居たわけじゃない。私は、自分の生きるための理由が欲しいだけ……だから、今まで魔女も平気で見殺しにしてきたよ。それもたくさん……私と、私のよく知る人が生き残るためにね」
「…………」
それを肯定することも、否定することも、シュバリエにはできなかった。
「ねえ、この街の墓地に行ったことある? 狩人の墓はちょっと豪華に作られてるんだけどさ、そこに毎日来る一般の人だったり、逆に、狩人以外誰も来ない人だったりがいるわけ……」
「それは…………」
「依頼人に依頼失敗の報告をする時さ、確かに暴言を吐かれるときもあるよ? でもさ――依頼を引き受けてくださり、ありがとうございました。感謝いたします――なんて返されることもあるわけ。私はただ、見殺しにしただけなのにさ」
そう、彼女はそれらを淡々と話すのだ。
力強く、震えながらに、それでいて事実を並べ立てる。
どういった感情でそれらを口にしているのかを、シュバリエが理解することは出来なかった。
「わかる? こんな人間がさ、大切な人が亡くなりました。はい、泣きます。なんて、して良いわけないじゃん。私はずっと、目を背け続けてきたの。知らないふりを続けてきたの。明るいふりをして、距離を測って、壁を置いて…………」
「……よく、頑張られ――」
「――そんな気休めの言葉なんかで表さないで!! いい? これは私の咎なの…………ごめん」
シュバリエは、自身の頭へと、人で言うところの口を塞ぐように手を当てた。
自身は何を言おうとした。
「よく頑張った」そんな言葉を彼女へと投げようとしたのか。
ここまでため込んで、溢れるようにして語った気持ちを「よく頑張った」そんな言葉で飾り立てようとしているのか。
彼女はまだ、この気持ちを引きずって生きていくつもりなのだ。引きずって生きていくしかないのだ。
そんな彼女に……「頑張った」だと、それじゃあまるで、彼女の決断を、想いを、気持ちを、そこで止めてしまうかのようではないか。
シュバリエは考える。
フランクウッドなら…………いや、自身なら、どう言葉をかけるべきなのかを。
「アンリー様。私は、人が死ぬことについて、悲しいと、寂しいと思うことはあります。ですが、貴方たちのように心の底から深く傷つくことは出来ません……おそらくですが…………」
「そう……」
それは、シュバリエにとって、コンプレックスにも等しいものだった。
「あくまでこれはそんな私の感想です」
シュバリエはそう、前置きを挟む。
「よく頑張られ――」
「――だからさ、それは止めてって――!」
「――よく聞いてください!!」
そうだ。彼女は頑張った。
それは事実だ。
「貴方は今までよく頑張った。でも、これから待っているのはもっと辛い道になるでしょう。何故か? 貴方は大切な人を失った。その悲しみを知ってしまった。もう、後戻りはできないのです。失ったのだから!」
アンリーの瞳に涙が滲む。
「もう一度言います。今は、泣くべきだと思います。泣いて、泣いて、泣きじゃくって。貴方の感情を全部吐き出して、貴方が奪ってきたものの重さを十分に理解してください。これは、散々奪ってきた貴方への罰、その一部に過ぎないのです」
そうだ。彼女は頑張った。
そして、これからも彼女は頑張り続けるのだろう。
ならば、ここで。一度彼女の足を止め、自身が歩んできた道がどうだったのかを噛み締めさせる。
そしてそこからだ。
この一歩は決して軽くない。
一人では、足がすくんで動けなくなるのかもしれない。
だからこそ、彼女を地獄へと押してやる。
それが、シュバリエが今彼女へと、かけてあげられる最大限の言葉なのだから。
「それともまた、貴方は目を背けるつもりですか? 失うということがどういったことなのかを」
「……!! そんなの、ずるいよ…………」
気づけばアンリーは、大粒の涙を流していたのであった。




