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95.おままごと(2)


「この地区に、何か心当たりはありませんか? マーキュリーさん」


 マーキュリーはハッとしたように思考を立て直す。


「別に? 多少通りかかったことはあるかもしれませんけど、特には何も心当たりなんてありませんね」


 そうだ。

 まるで確定事項かの様にディガードは話しているが、何も確信があるわけじゃないはずだ。

 そう、普通は……そのはずなのだ。


 オディステラの一件がどうのと言っていたが、その時マーキュリーは協会に居なかった。

 それに、プライベートの行動なんて分かるわけもない。


 仮にバックアップを行える狩人に付けられていたとして、並大抵の狩人であれば、マーキュリーが気づかないわけがない。


 だから、大丈夫。

 平静を装えば、この場を切り抜けられる。


「おや? それは本当ですか?」

「はい?」

「私の中では貴方に疑いがあったわけです」


 ディガードは取り出した紙を綺麗に折りたたむ。


「全くひどい話ですね」


 マーキュリーは至って毅然。

 そう言った姿勢を装って見せる。


「一度、話を戻しましょう。先ほど見ていただいたもので、あることに気が付きませんでしたか?」


 その折りたたんだ紙を、ディガードはマーキュリーへと手渡した。

 それをしぶしぶと受け取るマーキュリー。


 折りたたまれたそれを、再度開く。


「…………」


 よく見ると、丁寧に色分けがされている。

 見づらくはあるが、黒と白の丸が周辺の地図へと書き込まれているのだ。


 マーキュリーはその点を追って、地図の上で目を滑らせる。


 黒がヒュース……ルー・ガルーを表しているのだろう。

 そして白が、赤ずきん……。


 それが点々と……不規則に、そう、不規則に散らばっている。

 のだが……少しだけ、リリステナの周辺だけ、他の所と比べて丸が少なくなっている。

 それに――


 マーキュリーは目を逸らしたい。そう、思った。

 だが今目を逸らせば、ディガードにとって確信を与えてしまうかもしれない。


 そう、目を逸らしたかった。

 何故なら――ほんの少しだけ、リリステナから少し離れた辺りに、黒が集中しているのだから。


 「ヒュース……」マーキュリーは内心でそう思った。

 分かっている。

 これは決してヒュースが悪いわけじゃないと。


 彼も彼で、フランクウッドに指示されて動いている部分もあるのだろうから。


 しかし、ディガードにこの情報が渡ってしまったのは、とても痛い。


 正直なところ、何がとは断言できないし、これくらいの情報だけで何かを断定することなど本来できないのだ。

 ただ、ディガードは違う。


 マーキュリーはディガードのことを嫌っている。

 胡散臭いし、裏がありそうだし、人のことを内心では軽蔑していそうな感じがするからだ。

 だが、だからと言ってその能力までも認めていないわけじゃない。


 そう、彼の言っていることは到底凡人には理解できないが、いつも結果だけはついて来た。


 事情を知っている今、再度理解させられる。

 ディガードの、この異常性を。


「私にはわかりません」

「……そうですか」


 ディガードはマーキュリーを見定めるように睨みつける。


 マーキュリーはあくまで、あくまで平然を装って見せる。


 息を呑む。


「まあいいでしょう……さて、先ほど少し話しましたが、私の中では貴方に疑いがあったわけです」

「……そうですか。やはり気分のいいものじゃないですね」

「でしょうね……ところで――」


 ディガードは少しだけ笑みを浮かべる。

 マーキュリーの背筋がまた冷える。

 気味が悪い。


「――お休みは楽しめましたか?」


 ディガードの視線がマーキュリーへと突き刺さる。

 体中にぞわぞわと不快感が駆け抜けていく。

 気持ち悪い。


「はい……?」


 探りだろうか。


「さっきから何を言いたいんですか? 遠回しに……」


 マーキュリーは少し機嫌が悪そうに言ってみる。

 それに対してディガードは、「では」そう前置きを挟む。


「貴方を監視させていたのですよ」

「はい?」


 それはディガードの嘘だった。

 ただ、先ほどからの挙動ディガードの強気な姿勢。


 それらがマーキュリーの中の不安を助長する。


「監視ですか……」


 マーキュリーは思考を巡らせる。

 大抵のバックアップの尾行には気づくはずだ。

 それこそ、上級狩人でもない限り、気づくはずなのだ。


 ただ、上級狩人であれば……「ロイシアンであれば」マーキュリーに気づかれることなく尾行できるだろう。


 いや、慌てるな。

 あくまで平然を装うべきだ。

 まだ、尾行されていたと決まったわけじゃない。


「ええ、ロイシアンに監視していただきました。貴方はバックアップとして優秀ですから」


 ――またしても嘘である。


「そうですか。ならお分かりでしょう。私は裏切り者じゃないと――」

「――リリステナ」


 ディガードは確かにそう口にした。

 マーキュリーは目を見開いた。


 バレていた。

 泳がされていた。

 なんのために。


 そんな思考が彼女の頭を染め上げる。


 ただし、ディガードが吐いたその言葉もまた、嘘であった。


「マーキュリー、リリステナを潰しなさい。そうすれば――」

「ッ!」


 ディガードが言い終わる前に、マーキュリーは隠し持っていたナイフを彼へと投げつけた。

 それは焦りが生み出した咄嗟の行動。


 しかし、そんな雑な攻撃であっても彼女は確実にディガードを欺こうと企てる。

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