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95.おままごと(1)


「魔女……ね……流石にここにはないわね」


 ホーンロッツが過ぎ去った後も、マーキュリーは魔女についての資料を探していた。

 しかし、当たり前と言うべきか、フランクウッドたちに聞いた話以上……そもそも、そんな話自体どこにも書かれてはいなかった。


「…………」


 マーキュリーはゆっくりと資料を閉じ、フランクウッドに言われた言葉を思い出す。


「結局、私は……あんたたちなしじゃ何にもたどり着けないわけ……?」


 マーキュリーは首を横へと振った。

 もう少しだけ、探してみることにしたのだ。


 何もできなかったとしても、とりあえず探すべきだ。

 何も探さず諦めるのと、できることをしてから諦めるのとでは重みが違う。

 例え、今はその際に大した違いがなかったとしても、きっといつか……――。


 そんな淡い願いを込めながら、マーキュリーが新しい資料に手を取ろうとした時だった。


「ここに居たのですか。マーキュリー」

「…………」


 声のした方へと、マーキュリーはゆっくり視線を向ける。

 そして一瞬、眉を大きくしかめて彼を睨む。


 まるで、暗くて顔がよく見えないとでも言わんばかりに、自然な様子で……だ。


「私に何か御用でしょうか? ディガード様」


 それは、マーキュリーが嫌っている人物の名前だった。


「御用……そうですね。貴方に一つお尋ねしたいことがあるのです」


 しかし、そんなマーキュリーの態度も意に介さずにディガードは言う。


 お互いに胡散臭く、心のどこかで相手を軽蔑するかのように、言葉を重ね、対峙する。


「あら? 私、何かしましたか?」

「いえいえ、特にこれといってありませんよ。ただ……」


 本棚に置かれた無意味な資料を手に取り、ディガードは薄っぺらい言葉でつらつらと語る。

 それはまるで八つ当たりかの様に、自分の中にあるモヤモヤとした感情をぶつけるかのように、相手の逃げ場を奪っていくのだ。


「ただ……?」


 言い切る前に言葉を閉ざしたディガードに対し、マーキュリーは怪訝そうな表情を浮かべた。


 資料を手に取りながら、読むでもなく、ただ表紙と背表紙を確認するだけのディガード。

 それを見ていると、どことなく嫌な予感がしてならない。


 静寂。


 明かりがディガードの体に遮られ、彼が手に取った資料が暗く、影に染められる。


「いえ、ただ――」


 マーキュリーは背筋が震えるような悪寒を浴びる。


 ディガードが珍しく、その糸目を大きく開いているのだ。

 しかし、その目からは生気を全く感じられない。


 ただ冷ややかで、何もかもがどうでもよく、ちっぽけな存在であるかのような、そんな熱を失った後の鉄と同じ色をした目。

 マーキュリーはその瞳にどことなく既視感を覚える。


「ただ、オディステラの一件を貴方は知っているのかと……そう、思いまして」


 マーキュリーは目を見開き、背筋をピンと正した。


 予想外の質問。

 しかし、伝わってくるのだ。

 危険な香りと言うものが……。


 固唾を呑みこむ。

 それはとても重く、まるで「喉を詰まらせてしまう」のではないか、そう思えるほどだった。


 マーキュリーは慎重に言葉を選ぶ。


「彼女に何か、あったんですか……?」


 ディガードは視線をマーキュリーへと移す。


「魔女になっていたんですよ」


 重く冷たい空気が、辺りを染める。


 白々しい……そんなことを考えながら、マーキュリーは内心で口を引きつらせる。

 奴は、何を望んでる?


「彼女が……? にわかには信じがたいのですが……そもそも彼女はアズレア様と――」

「彼は最近自室に閉じこもっています」


 ディガードはマーキュリーの言葉を遮る。

 それに対し、マーキュリーはむっとした表情を浮かべた。


「……何が言いたいんですか?」

「オディステラに化けていた魔女を討伐しようとしたのですが、協会内部であるにも関わらず、邪魔が入りました。野良人によって、です」

「……なんでまた、そんなことが…………」

「誰かが手引きをしたのでしょうね。魔術を扱いながら魔女を救おうとしている者たちと狩人の誰かが繋がっているかもしれない。全く、忌々しい限りですよ……」


 格好だけ、やれやれといった様子を示すディガードを見て、マーキュリーは悟る。

 言葉を選ぶ必要などなかったと。


 ――彼に見つかった時点で、この悪寒が消えることはないのだと。


「私を疑っているんですか?」

「……」


 ディガードは手に取っていた資料を棚へと戻し、マーキュリーの横を通りすぎる。


「聞きましたよ。罪火の魔女を討伐しようとしたあの日、魔女を取り逃がした後、貴方は姿を消したそうですね」

「それは周囲を捜索するために」

「貴方にしては随分と時間をかけていたようですが?」


 マーキュリーは押し黙る。


「そう言えば、野良人と言えば赤ずきんとルー・ガルー。あれらも実に厄介な存在です。いつの間にか現れ、上級狩人には及ばないものの、中級狩人に匹敵……状況によってはそれすらも上回る実力を有した存在」

「赤ずきんたちと、今回現れた野良人に関係があると?」

「そこは分かりません。が、しかし……赤ずきんとルー・ガルーが出現した地点を個人的に調べていたんですよ」


 ディガードは胸ポケットから折りたたまれた紙を一つ、取り出した。


「この地区に、何か心当たりはありませんか? マーキュリーさん」


 マーキュリーは冷や汗を流す。

 紙を一枚挟んだ奥からこちらに向けられる視線。


 その主が指を指した先。そこは、リリステナが建てられてある地区だった。

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