94.疲れ
月が美しく煌めく深夜の協会内で、ホーンロッツは血生臭い資料へと目を通していた。
【罪火の魔女】を追っている、フランバートという老人。
確か報告では、ホームバイツが死んだあの日、付近に【罪火の魔女】がいた可能性があるとのことだった。
そして、魔女との関りがあるとされていたアベリアック。
「何かが起きとるはず……なら、できるとこから調べてけ」
ホーンロッツは、独り言をまるで呪文のように呟いた。
それは自身を奮い立てるため、頭の中に鳴り響く声を押し殺すため。
フランバートの件に関しては直接的な関係は薄いだろうが、過去に【罪火の魔女】と行動を共にしていた人物でもある。
そこも併せて調べるのを怠るわけにはいかないだろう。
「いや待て……そもそもアベリアックだったか、こいつの情報が無さすぎる」
メモに情報を書き連ねながら、ホーンロッツは頭を抱えた。
何かがおかしい。
それに気づけたとして、その理由が分からなければ意味がない。
おまけに、先の魔女の行進。あの日から狂い始めた日常を、あとどれだけ大切にできるというのだろうか。
いつ、またあの規模で魔女たちが現れるかも分からない。
何かが始まってから気づく異常。
それは、予想以上に彼の精神をすり減らしうるものである。
それに耐えながら、ホーンロッツは頭をフル回転させているのだ。
「ああ……クソ…………」
考えても答えが出てこない。
ホーンロッツは肩を落とし、椅子へともたれかかって天井を見上げた。
何もない。
そう、そこには何もないのだ。
それでも彼は自然と腕を伸ばしていた。
天井へと向かって、高らかに。
「なんで……」
――置いて行った。
そんな言葉から喉から出かかったタイミングで、ホーンロッツの意識がはっきりとする。
「違うやろうが……俺が殺したんやろ…………俺が…………」
「本当に、そうなんですか?」
ホーンロッツは、視線だけを向かいの席へと落とす。
そこに座っていた――座っているのだろうか。
顔は見えない。
でも、その姿には見覚えがあった。
――今は居ない、ホームバイツの幻影。
「……」
ホーンロッツはだんまりを決め込む。
そんなホーンロッツの様子を見て、幻影は言う。
「俺の言葉には耳を貸さんでいいんですけど、彼女について、隊長はどう思います?」
「側だけ被って喋んなや……!」
「まあ、まあ……」
怒りを滲ませるホーンロッツに対して、幻影は彼をなだめながらに指を指し示す。
その先をホーンロッツはちらりと見遣る。
「待て、いつの間におった……てか、なんであいつがおるんや」
少し離れた席の一室。
そこで、ホーンロッツと同じように資料を読み漁っている人物がいた。
マーキュリーだ。
「時間は……」
自分が人の出入りに気づかない程没頭していた事実に驚きつつも、ホーンロッツは時計の針を確認した。
気づけばここに三時間程滞在していたらしい。
時刻は既に、深夜を超えていたのだ。
「はぁ……流石にそろそろ帰るか……」
ホーンロッツは資料を片付け、マーキュリーの方を見た。
彼女にも呼びかけを行うべきだろうか。
「…………」
ホーンロッツは考える。
「……まあ、ええか」
その場から立ち去るホーンロッツの中で、一つの言葉が引っかかる。
「彼女についてどう思うか……んなもん知るか……俺は、お前の言葉なんか聞かんからな……」
そんな言葉を吐きながら廊下を歩くホーンロッツ。
そんな彼の真横に一つの影がちらりと映る。
どうやら今日は、人と良くすれ違うらしい。
「……なんでディガードまで、こんな時間に資料室に向かっとるんや」
ホーンロッツは立ち止まり、押し黙る。
今日は、いやここ最近ずっとおかしい。
決めたはずだ。
なのに、なぜこうも落ち着いていられない。
不安が、悪寒が、ホーンロッツの背筋をゆっくりと這った。
ゾクリとした気持ち悪さ。
それにホーンロッツは顔をしかめ、すぐに頭を振った。
「いい、気にすんな……今は俺の事に集中しろ」
そしてそのまま、彼は帰路へと付くのであった。




