91.選択
それは決して好ましくない選択の連続だった。
オディステラを助けた魔術師たちは元々、協会内への潜入を目的としていたのだ。
それがどうだ。
あんなにも派手に目立ってしまったのだ。
潜入はおろか、魔術師としての登録情報から探られるかもしれないのだ。
「怪我人を抱えて、こんな下水道を駆け抜けるたぁ、よくねえな……」
魔術師の男は、石造りの小人たちに抱え上げられたまま眠っているオディステラを見つめ、自身がした選択を今になって後悔する。
「今更何をおっしゃておりますの? 私は事前に忠告したはずですわ。彼女を助けたとして、いい結果は得られないと、それどころか目的を果たせなくなるかもしれないと」
「フランクウッドさんには俺の方から言っておきやすんで、今は勘弁してくだせえな」
そう、彼らこそがヘケロンがフランクウッドに残していった協力者であった。
「何をおっしゃておりますの?」
メリーはいじけた様子の魔術師ガラックの様子を見て、何とも思っていないという意思を言葉で送る。
「私は指摘はすれど、貴方が選んだ選択まで否定はしませんわ。考えて選んだ答えであれば、それは大切にすべきことでしょう」
少し呆れたように、片目を閉じながら彼女は言った。
その言葉にガラックの気持ちが少し、軽くなる。
胸の奥が熱くなる。
「メリーお前……!」
「ま、時と場合によるでしょうけれど」
「あの~……それって、この場合はどっちです?」
「知りませんはそんなこと。ご自身でお考え下さいまし?」
騒ぐガラックを横目に、メリーは舌を小さく出した。
「これはこれは、随分と愉快に逃げるのですね」
しかし、そう騒いでいられる程の余裕は彼らにはないのだ。
T字となった通路の中で響く声。
それは彼らが走っている真横から聞こえたものだった。
「さあ、彼女を渡していただきましょう」
「ガラック!」
「あいよ」
ガラックはすかさず前に出る。
ロイシアン、彼が追ってきたのだ。
全くもって、何処から嗅ぎつけてきたというのやら。
魔術の痕跡や血痕はフェイクを残してきたし、考えうる逃走ルートからは外してあるというのに、面倒なものだ。
とはいえ彼らも、決して追手が来ないだろうなどと、楽観的にいたわけじゃない。
「上級狩人ですかい……こりゃまた面倒な……とはいえ!」
もとより、狩人と戦おうなんてつもりは微塵もない。
狩人とやり合って、勝てる見込みなど無いからだ。
「道中で小人を、見やしやせんでしたかい?」
「小人……何を?」
そう、ロイシアンが疑問を呈した直後、下水のあちこちから、無数の小人たちが姿を現した。
その手に握った球を高らかに掲げるようにして――。
魔術は一つのモノに一つまでしか付与できない。
それは、生きていようが死んでいようが、ただの物だろうが一緒だ。
とはいえ、生物に魔術を付与するよりも、物へと付与した方が自由度は高い。
体へとかかる負荷を気にしなくて済むからだ。
だからこそ、一度付与してしまっては、変更の効かない自身への付与を嫌う魔術師は少なくない。
メリー、彼女もその一人だ。
「あんさんも、こんな場所で怪我はしたくないでしょうよ。まあ、精々がんばんなさいな」
そこに一つ、小人たちが持っている物と同じ球をガラックは投げつける。
そして、それは瞬時に展開し、壁全体を埋めるように覆い尽くし硬化する。
「容易な分断……と、無数の攻撃ですか!」
ゴーレムが持ち上げていた球があちこちへ茨の様に伸びていき、その先々でその棘が更に伸びていく。
まさに針地獄。
「小癪な……」
その一つ一つを必死にロイシアンは避けていく。
魔術を使い、地面を滑り、掠りそうになった棘を受け流し、距離を取る。
「……先ほど協会内部で使用したものと材質は同じか……であれば、暫くすれば水へと変わるのでしょうが……一体何を使っている?」
ロイシアンはひとしきり思考を巡らせた後、そのまま別の通路へと入って行く。
魔道具と魔術の合わせ技と言った所だろう。
であれば、何かしらのからくりがあるはずだ。
だが、それを探るためにここで立ち止まっていてはオディステラを失ってしまう。
せっかくの面白そうな材料なのだ。
ここで逃がすわけにはいかない。
「そんなの、楽しくありませんからね!!」
そんな声が下水道の中で反射する。
「うおっと! 一人で盛り上がっちゃって……こりゃまた面倒そうな相手なこって……」
「ガラック、ただ振り払うだけでは意味がありませんわよ?」
「へいへい……分かっておりやすとも…………今はとにかく逃げるぞ、メリー」




