89.より良い方へ
約3450文字程、ほぼ2話分ですのでお読みになる際はご注意ください
部下からオディステラの一件を聞きつけたディガードは、静かに怒りを露わにした。
「そうか……分かりました。ご苦労、悲しい出来事ではありますが、ひとまず受け入れましょう……」
「は……魔女の逃走を手助けした者たちはいかがいたしましょうか?」
「手がかりが掴めるのであれば、探ってくださいますか?」
「畏まりました」
ディガードは目を逸らす。
部屋の角へと……だ。
「下がって大丈夫ですよ」
「はい」
そしてまた、目の前の狩人へと向き直る。
「……」
「それでは、失礼いたしました」
「……ええ。ご苦労」
出ていった狩人を見送り、ディガードは目を閉じる。
「ロイシアン……どういうつもりだ……!!」
「お話中でしたので、様子を見ておこうかと」
どこからともなく現れたロイシアンに対し、ディガードは低く怒鳴りつけた。
それはとても珍しいことであるが故、ロイシアンは笑みを浮かべて、喜びながら語って見せる。
「ふざけるな、私の意図くらい理解しているだろう? オディステラの一件だ」
「……ああ。どうでしたか?」
「どう? 貴様……私の計画を阻むつもりなのか?」
あまりの怒りに、ロイシアンはケタケタと笑う。
「阻む? 滅相もございませんよ。ディガード様」
一通り腹を抱えて笑ったのち、ロイシアンは口にする。
「私は――貴方の協力者ですから」
「何がそんなにおかしい?」
ロイシアンはスッと冷静を取り戻し、ディガードへと向けて言葉を放つ。
それは攻撃的かつとても挑発的だった。
「いえ。私は、貴方の計画をどう進めていくのか、それを聞かされておりませんでしたので」
ディガードは眉を顰める。
「ならば何故、貴様の独断でオディステラを魔女へと変えた……!? 確認は? 何故取らなかった?」
「確認ですか? 貴方は私に、定期的に魔女を生み出すように言っていたではありませんか……魔女の血を集めるために」
「何故、狩人から……それも、よりによってアズレアに近い人間を魔女へ変えたのかを聞いている!!」
あまりの剣幕に、ロイシアンはくすりと笑う。
それを見て、ディガードは更に怒りを強めていく。
「ああ、失礼。いえ……なにっ……ははは……貴方は言っていましたね?」
質問とは無関係の言葉をロイシアンはつらつらと並べ始める。
「魔女は女性からしか、自然的に発生しない。だからと言って、男性を魔女へと人為的に変えることは現状では不可能に近いと……」
「だから何だ――?」
「――それは女性が自然と有している神秘、生命をその身に宿す力、それが魔術や魔法の……ひいてはこの世界を司る根源。それを受け入れるのに適しているが故……」
ロイシアンは声量をあげ、つらつらと、ディガードをあざ笑うように彼に教えられた知識を説明する。
「だからこそ、【破滅の魔女】の力を使い全てを壊した後に、【創造の魔女】の力でそれら全てを元の形に再構築する……それが貴方の計画だったと記憶しております」
ディガードは怒り、呆れ、言葉を詰まらせた。
そして額に手を当て、それを滑らせ口元を隠す。
「それで?」
「あの大規模な魔女の行進の後、狩人内部にも魔女が出た。これを受けて周辺国はどのような反応を示すでしょうか?」
ロイシアンは気分が良さそうに、清々しい顔で問いかける。
ディガードはその様子に、とめどのない怒りと呆れを同時に覚える。
今回の一件を受け、周辺国が取る可能性の高い動きは、この国の住人の入国を規制する事だろう。
大規模な魔女の行進の後に、起きた今回の一件。
それも、この国で一番強い上級狩人が傍に置くことを許可した人間。それが魔女となったのだ。
他の国民もすでに魔女に変わっているかもしれない。
そう、考えるのが自然だろう。
最も、古くからの魔術師たちは、そんな価値観自体が間違っているということを知っているのだろうが……。
「国民の国外逃亡の阻止、オディステラの一件を受けて、協会内部、ひいては国民全体への不安の伝播、それらを餌に成長する魔女たち、この混乱化では国王も下手な動きを取れなくなるでしょう。ひいては――」
ロイシアンは歯を剥き出しにしながら、笑い、語る。
「――特異な存在、アズレアを実験材料にできるかもしれないわけです。私なりに、貴方に言われた範囲で頑張った結果ですよ」
ロイシアンが言い終わったと同時、ディガードはロイシアン目掛けて腕を突き出した。
「今ここで、貴様を殺したっていいんだぞ?」
魔術と言うのは腕を向けなくたって発動はする。
今ディガードは脅しとして、腕を向けているのだ。
当然、ロイシアンもそれは理解している。
ただ、ロイシアンはまた笑う。
「何がおかしい?」
「貴方の魔術は他干渉、それも対象の時間を止めることが出来るもの。更には応用として空間そのものにも適用できる……違いますか?」
「違う……と言ったら?」
「仮に違ったとしても、貴方を殺せるだけの用意はしていますとも」
ロイシアンは腕を広げ、部屋の隅や壁へと視線を向ける。
「……貴様に与えた魔術を考慮したとしても、貴様を殺して、そのまま私を守ることだって可能だ……!」
「私だって研鑽を積んでこなかったわけじゃない。潤滑作用を付与する、随分と便利な魔術ですよ本当に……さあ、そう思うのであれば、試してみればいい」
「何処までもこざかしい……!!」
ディガードは腕を下げ、言葉を吐き捨てた。
そして「論点をずらすな」そう注意した後、ディガードは説明を始める。
「私は、赤ずきんやルー・ガルーを含め、協会に仇なす者たちを先に潰すつもりだったのだ。それに赤ずきんとシェリー・フルールが共に行動していることは把握している。おそらくイフェイオンも奴らと行動している……」
「言いたいことは分かりますが、どうやってそれを実現すると?」
ロイシアンの主張はもっともだ。
結果を知っているわけでもない、ディガードの主張は、根拠に欠けるものであるのだから。
「協会内部に奴らと繋がっている人間がいる。それはおそらくマーキュリーだ……彼女の行動には怪しい点が多すぎる」
その主張に、ロイシアンは呆れながら眉をしかめ、表情を歪めるのであった。
まただ……。
「貴方の行動はいつも、貴方の主張通りの結果をもたらしている。ただ……荒唐無稽なんですよ。傍から聞いている分には結果論でしかない。それに付き合わされる身にもなっていただきたいというもの……」
ディガードは押し黙り、それを無視して話を戻す。
「それらの功績を得たのち、国王への謁見を漕ぎつけ、そこから計画を動かす。そう言った算段を立てていた……」
「貴方の言うことですから、それでうまくいくのでしょう」そう前置きを挟んだ後に、ロイシアンはため息を付いた。
「先ほども言いましたが、私は貴方の協力者です。ならば、その計画を先に伝えていただかなければ困ります」
ロイシアンの主張はもっともだ。
ただ一つ、ロイシアンがディガードの計画の邪魔をしようとしていることを除けば。
しかし、今更ロイシアンを放置するわけにもいかず、下手に実力があり、上級狩人としての地位を与えてしまったが故、殺すこともままならない。
魔術に一定の理解があり、非道を行え、ある程度の指示を遂行できる。
その条件に合致していたとはいえ、結果としてロイシアンの狂気を見抜けなかった、ディガードの判断が間違っていたということになるのだろうか。
「そう、貴方の主張は結果論でしかない。でも、私は貴方の主張に喜んで賛同いたしますとも……ですから――」
ロイシアンは言葉を溜める。
「これからは事前に教えていただきたい。今回のような事故が起こらないように、詳しく、事細かに」
ディガードは言葉をぐっと押し堪える。
自身の失態だ。非は自身の方にある。
「分かった……そうしよう…………」
ロイシアンは勝ち誇ったように笑みを浮かべて笑って見せた。
「ええ、では、今後ともよろしくお願いしますね……ディガード様」
「ああ……」
ロイシアンが去っていく後ろ姿を眺めながら、ディガードは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるのであった。




