85.変化の兆し
「まあ、何はともあれ、無事なようでよかったよ。しばらく顔も見せに来なかったじゃないか」
「ええ、その……すみません」
クンツァイトに出された食事を前に、アグスは縮こまる。
その様子を見て、クオーツがフォローを入れる。
「まあまあ、あんなことが起きたんだ。誰だって一人の時間は欲しいだろうさ」
「とは言ってもじゃないかい?」
「がはは、だそうだ。アグス」
「……善処します」
クオーツが笑い、クンツァイトは呆れたようにため息を漏らす。
そしてその大きな肩を落として言うのだ。
「まあ、いいさ。ほら、冷めないうちに早く食べな」
「……はい」
クンツァイトに言われるがまま、クオーツとアグスは食事に入る。
新鮮な芳ばしい肉から溢れる肉汁と、温かな野菜のスープ。
ほんのり甘いパンに、スープを浸しながら食べるのも、それはそれで乙と言うものだろう。
そうやって、アグスが一口、二口と食事に手を付けていくのをクンツァイトが眺めていた時のこと――
「――いい加減にしろよ!?」
食堂の奥の席から聞こえる怒号。
そこに目を向けると、狩人同士での言い争いが起きていた。
と言っても、片方が怒り、もう片方がそれに対して真剣に謝っている。そんな風に見えなくもないのだ。
「おい、止めるか?」
その様子を遠くから眺めていたクオーツが、クンツァイトへと問いかける。
「いや、いいさ。ただ、危なくなったら頼むかもしれないけどね」
それを聞き、クオーツは一つ頷いた。
「お、おい。どうしたんだよいきなり……?」
場所は戻り、激高した狩人の気迫を受け、連れの狩人は何がダメだったのかを確認しようとする。
「どうした!? これがどうもこうもしてられるか!? 人が何人も死んだんだぞ!? それを忘れろだと!?」
「ああ、いや……そういうわけじゃ、何か気に障ったのなら謝るからさ。な? 落ち着いてくれ」
狩人の一人が激高し、手をぶんぶんと振り回す。
それに戸惑い、後退る一人の狩人。
おそらく、直前まで一緒に会話を楽しんでいたのだろう。
それが、言葉一つでこうなってしまったのだ。
「いいか!? あの魔女たちが現れてから、街がどれほどダメージを負ったことか!!!」
「あ、ああ……だから悪かったって……すまない」
「はぁ!?」
「なあ、今日のお前何か変だって……」
とうとう、そう言うべきだろうか。
激昂した狩人が、自身の得物に手を伸ばす。
その様子に、ただ謝っている狩人が「マジか?」と言った様子で慌てだす。
と言うのも、彼は何も不謹慎なことを口にしたわけではないのだ。
ただ、今激昂している狩人が、先の戦いで色んな悲惨な物を目撃し、嘔吐し、苦しんでいたから、その苦しみが少しでも紛れるように話を聞いていたのだ。
「すまん、クンツァイト! 俺じゃ間に合わん!」
「分かってるよ!!」
狩人が得物の刀身をギラギラと見せつける中、クンツァイトは魔術を発動させる。
氷が一直線に激昂している狩人目掛けて伸びていく。
それはとても、人の肉眼がついて行けるような速度ではない。
しかしだ――彼は激昂状態にあるにせよ、機敏に動いて見せたのだ。
「なんだなんだ!? ただの言い争いで魔術まで使うのか!?」
そう、彼は魔術を使い始めたのだ。
それも身体強化のだ。
「――!」
ゆらりと一線の斬撃が狩人目掛けて飛んで来る。
「……な!?」
それは誰もが当たったと思うかのような刹那のこと。
追いやられていた狩人は、激高していた狩人の攻撃を下に避けることにより、見事に躱したのだ。
それも、彼の手首をしっかり握りながら。
「ちょっとは落ち着け!! な?」
「…………! あ、ああ。すまない……なんだか、カッとしてしまって…………俺は……なんてことを……」
その場で倒れこむ狩人を支えながら彼は言う。
「お前疲れてんだよ。ほら、もういいから、ゆっくり休もうぜ? な?」
「あ、ああ。すまない」
「いいよ気にすんな。皆さんも、お食事中の所大変失礼いたしました!!」
そんな一連のやり取りを眺め、クンツァイトは眉を潜ませた。
「最近、ああいうのが増えてるんだよね……」
「ああいうの?」
「……――そうだね、少し場所を変えようか」
アグスとクオーツはクンツァイトに言われるがまま、そのまま厨房裏の備蓄室へと連れていかれるのだった。




