僕と彼女と片割れⅡ
『もう分かっちゃったんだ、ちょっと悔しい』
自分と同じ声色の、ただどこか機械的な響きに違和感がある。東島は自身の声がする方へ耳を研ぎ澄ませた。隆大越しに見る景色には変わらず壁伝いに筒型の容器がいくつも並べられていて、管が飛り巡らされている。集結しているそれらはまるで心臓の形のようだった。その中の一つの容器が少しだけ開いていた。
『僕が初めてこの空間へ来たとき、やり残したことがあったんだ』
「やり残したこと?」
「航大、あんまり前に出るとどこからアイツが何してくるか」
心配した声色で隆大が、声を聞こうとして乗り出した東島をけん制する。
「ありがとう、でももし彼が、ってまあ自分だけど…何か目的があるなら早く聞いた方が、」
「それはそうなんだが…」
「何故私たちがここへ来ることを分かっていたのかしら?」
希世が口火を切った。ブレない頼れる先輩だが、一つ上げるとするならば張り詰めたこの緊張感の中で今すぐにでもぷつりと落ち切ってしまいそうな声だった。温度が冷え切っている。
『僕がここへ一度来た時の最後を覚えている?』
その問いかけはしばらくの間を作った。希世も隆大も、航大本人も思い出そうとしても白いもやがかかっている様で思い出せない。
『僕は彼女に言われたんだ。それを伝えるためにここへ残った…君たちへ伝えるために呼んだんだ。』
「彼女…?」
いったい誰の事を指しているのだろうか。
希世も考え込んだように”片割れ”の声を待つ。東島はじわじわと頭が熱くなってきてぼおっとしてきていた。
『仮想空間へ戻ってきて”片割れ”(ぼく)の元へ来てくれたんだ。ねえ、僕も元の世界へ連れて行ってくれないかな』
気兼ねのない話し方にかなり戸惑いながら隆大は後ろの航大を振り返った。
「お前がたった今話したのをスピーカーとかで流してるわけじゃないんだよな?」
「どこぞの探偵じゃありませんから、そんなことできませんよ…!!僕たちを再び仮想空間へ連れてくることが目的だったってことでしょうか?」
「恐らくメインは東島君じゃないかしら?話を聞けそうなら帰る方法を先に聞きだすのは難しいかもしれないわね」
少しだけ音量を下げた状態で話すも、やはり叶えられそうな願いは身近でヒントを模索するしかないのだろうか。
「僕が僕を持ち帰る方法なんてあるのかな」と声には出さず、希世と隆大を交互に見比べた。暗がりの中で二人から若干の疲労感が見えた。しばらく潜り込んで時間の感覚がはっきりしなくなってくる。今はいったい何時を指しているのか。どことなくかかるプレッシャーのような圧がじわじわと体内へ攻め入ってくるようだ。
『さて、これからどうするかの作戦は話し合えたかな?』
声だけの”片割れ”から再度問いかけがあるが、お互いに息を潜めるように頷いた。そしてふとある言葉たちがフラッシュバックして、勝手に口から出ていく。
「ここは僕が望んで来た場所だった。初めは興味本位でしかなかったけど最終的にはどうしたらいいのか迷ってばかりだった。」
「航大…?いきなりどうした」
「何を、言っているの?」
不確かなピースが連なって、組み立てられていく。一つ一つが小さくても、確実に大きな真実への一歩となるのだ。”片割れ”が短く溜息をしたとき、ぱあっと辺りが明るくなった。
「彼女と話をしに来たんだ。希世のお母さんと、」
思い出した。災害で家族を失った悲しみは東島自身にもあったのだ。
「航大どういうことだ?」
「思い出してきました、僕がここへ来た時の記憶」
止めどなく、両目から涙が溢れてくる。
「僕は自分のお母さんに伝えられなかったことを、僕なら希世のお母さんに会いに行けて伝えることが出来る」
「母に…?いいえでもそれはバグで起きたかもしれない事よ、安全に精神世界へ行ける保証はないわ…!!そんな危ないことできるはずがない!」
「できると言ったら?」
この声は機械的じゃない。完全に人間の声だ。でもいったい誰が…と辺りを見回すと隆大くんが口をパクパクさせて驚きの顔を浮かべている。話しているのは隆大だが声的には恐らく…
「優太くん?」
見た目は隆大なのにどういうことなのか分からず、東島は開いた口がなかなか閉じられずにいた。