僕と彼女と片割れⅠ
「僕が僕ともう一人に…分裂?」
「正しくは意識の一部がここに取り残されていたか、あるいは」
「航大の記憶が曖昧だったのも頷けるな!って―ことはだ、さっきカメラに映ったやつが分裂した航大の一部なら、航大本人に移さなくちゃいけねえってことか」
「えぇそのようね、ただ分からないのは閉じ込めたのは東島君本人だったのかしら」
「そこは分裂した航大に聞いた方がいいんじゃねェか」
「それもそうね、ということで東島君。色々端折ってしまっている部分もあるけれど、大体通じたかしら」
「何となくですけどなんとか、」
早すぎる切り返しに何とか意識を持っていくと眉を少し下げて希世は微笑んだ。憐みのようにも取れる顔でちょっとだけ東島は心がキュウと苦しくなった。
「じゃあ展示室へ向かいましょうか」
「歩きながらで良いんですけど今聞いてもいいですか」
「何かしら、こっちよ」
三人は再び東島を挟んだ形で展示室へと歩みを進めた。通路が狭くなり希世を先頭にしながら進み始めると東島が思い描いた言葉より先に、心が詰まっていく気がした。先ほどの苦しさとは違う感覚に戸惑いながら、一言ずつ言葉にしていく。
「閉じ込めたのが僕の片割れだとしたら、僕は何のためにここへ残ったのでしょうか…」
「一度目に来た時の記憶を思い出すために、と相談を持ち掛けてきてくれたのが始まりだったわね」
「そうなんです、確かに自分の意志で臨床試験に参加したのは覚えているんですが、正直朧げな部分が多くて…隆大くんにも優太くん、まひるさんだってそれぞれ参加した日の事が分かるのに何で僕だけって」
「年月が経てば忘れるのが人間てものだが…印象的な部分だったり断片的ですら出てこねェのは確かに変だよな」
簡潔にしっかり的を得た話し方にはならないのがもどかしい。ただ、希世も隆大もじっと東島の言葉を聞きながら歩みを進めていく。そこまで距離は離れていないはずなのだが、暗くてよく見えない通路のせいでなかなか時間がゆっくりとしたスピードで過ぎていくように感じた。
「着いたわ」
ウィンと自動ドアが開く。IDや何か必要となるものはなく、希世の指紋認証のみで入ることが出来た。入口には口頭での合言葉が確か必要だったはずだ。はっきりと覚えていないはずなのに何故か顔がカァと熱くなる。
「うわァ…やっぱりいい気はしねえなこの部屋」
無機質なカプセルがいくつも両側の壁に並べられている。どれにもなにも入っていないが薄暗い照明とダウンライトではっきりと輪郭が見えない。ぼんやりとした陰に管が幾重にもまとめられて時折チャポンと水音が鳴る。近くに水道管でもあるのだろうか。
「気をつけて進んでいかないと。藍澤君、勝手に進むのは感心しないわ」
「分かってるって、航大は苦しくなったりしてねェか」
「大丈夫です、ありがとうございます。緊張して喉が渇きますね」
「それは同感」
「ここまでかなり進んだものね、休憩してもいいけれど、この部屋が落ち着くとはとてもじゃないけど言えないわね」
「それにも同意だな、ただいつ航大の片割れが現れるかも知らねェから警戒はし続けないとな」
「えぇ、ちなみに東島君。さっき出たメッセージからそれ以降はなにか…」
希世に言われて腕輪のメニューを立ち上げてみても、新しい通知は何もなかった。
それを首を横で振り伝えると、再び希世はそう、と言い終えると考えこんだ。
「奥に出口があるからそこまで慎重に進んでみましょう。ただ周囲への警戒は怠らないように。東島君は藍澤君の後ろへ付いてきて」
「おう、航大こっちに」
「はい、あ、よろしくお願いします」
思わず頼れる背中に向かって挨拶をしてしまった東島は、二人から見られない位置にいることをいいことに耳まで真っ赤にしながら俯いた。
左右の壁の筒型容器が無くなり、頑丈な扉の前に着いた。確かここは…
「ここから出るにはここのレバーを、」
モニターが並び水晶が5つ並んでいるところの横にやや大きめなレバーがあった。迷いなく希世はそのレバーを下ろすが、扉はうんともすんとも動かない。
「この水晶になんかあんのかァ?」
手のひらサイズのそれを細く竜の鉤爪のような置台から外そうとすると希世は淡々と話す。
「藍澤君、扱い方ミスればその水晶、手首ごと吹っ飛ぶわよ」
「触る前に言えそういうことは…!!」
「話す前に触れた君はどうなの、」
隆大は慌ててでもそっと水晶より手を恐る恐る触れるのを止めた。
「その扉が出口になっているのを知っているのは希世、君だね」
絶対に聞き間違うはずがない。この声は”僕”だ…―――と東島は確信した。
どこから現れるかと一同ハッとするが、どこにもいない。声だけが響いて聞こえてくる。
「おい航大なんだろォ?姿を現せよ、」
隆大は後ろに東島を庇いながら、一歩ずつ慎重に体の向きを変えつつ、動かない頑丈な扉に背を向けた。さっき歩んできた側から声がすると本能的に動いた。