僕と彼女と眠っていた人々Ⅰ
「ここだな、航大…体調は大丈夫か?」
進んだ先に書架があって、長い直線の白い通路を三人はひたすら歩いた。臨床試験の一度目の時は急いで進んだ道のりだった。希世と別れて走って隆大と共に進んだこの道は、航大の曖昧な記憶の中でもひときわはっきりしない。
「ありがとう隆大くん、今はさっきよりだいぶ平気になりました」
「おう、それは良かったなァ」
気にかけてくれる優しさは兄たる由来なのだろうか。先輩の中でも話す方ではあるが、常に周りをやんわり見回している視野の広さは凄い。東島は隆大に直接話すことではないのかもと気後れして本人に伝えたことは無いが信頼度は間違いなく高い。
「私が二人と別れて向かった先には監視カメラのデータを飛ばしている部屋に行ったの。見られるモニター室の方ね」
「隠し部屋からの通路みたいなもんか?」
「そう。そこからあなたたちがいた部屋へ通ずるルートがあって後ろを辿っていたのよ」
「改めて秘密基地を網羅しているんだと思うと凄い、ですね」
「幼い時にはここで遊ぶことが増えていたから…まずは私が辿ったルートを見てみましょうか。前回辿ってきた道は今歩いてきたところだから」
希世が先頭を歩き、まっすぐな道のりをただひたすらに進むのかと思いきや、何の変哲もない場所で希世は立ち止まった。
「二人とも遅れないで入ってきて」
「おう」
「はい」
こくりと緊張しながら二人が頷いたあと、立ち止まった希世が右手を壁にはわせた。ブオンと壁が一部分だけ切り取られたようにタッチパネル式のテンキーが現れた。
「近代的な場所だから違和感ないように思ってたけど、やっぱり進んでる技術を目の当たりにするとびっくりしますね」
「隠れ家の入り口ってドキドキするけれど、私は東島君が一度目の時間違った順序で入ってきたのが記憶に残っているわ」
「一回目の時ですね、本当に落ちてこのまま気絶で起き上がれないんじゃないかと…」
「俺はさっき落ちたのがそれだなァ」
いつの間にか印象的な一場面をそれぞれが話しだして、お互いなかなかな緊迫感の中で過ごしていることとのギャップに吹きだしてしまいそうになる。
「ここで見た番号は他言無用ね」
「口は堅い方なので大丈夫です、むしろ見えてませんでしたし」
「押すスピードが目で追えられねェってすげえな」
「ふふ、それならいいわ。ここが監視カメラの全てを映し出している部屋よ。管理人以上のセキュリティーカードと登録された指紋がないと開かない仕組みなの」
「すごい厳重なんですね」
「ここに入ってデータ改ざんなんて起きる気がしねェな」
「久坂ならやりかねないわ」
結構堂々と名前を出すんだなと言われた本人ではないが東島は胸のあたりがなんだかざわっとした。
隠された扉の中に入ると壁一面に多くのモニターが所狭しと並べられていて、その画面の下には位置変更などの十字キーや大小さまざまなつまみやボタンが並んでいる。まるでパイロットの操縦席のようだ。
押してみたいような子供っぽい感覚にはならず、決して触れてはいけないボタンのように思ってしまう。余計なことはしないようにと希世の父、十四郎にも釘を刺されたのだ。
自身の記憶を探るために臨床試験に臨んだのは良いものの、今のところよく覚えているのは仮想空間への入り方と隆大と走りまくった通路しかない。それ以外は希世に言われて断片的なピースをつないでいく。少しずつではあるが確実に進めているのだろうか。
少しだけ胸のあたりの痛みが強くなった気もしたが東島は勇気を振り絞って希世に問いかけた。
「こんなにいっぱいあるのは…地下全部の場所に監視カメラが?!」
「どこかで何かが起こっている時すぐに何が必要になるか判断するための材料よ」
すんなりと話してくれたがこれはつまりすべて監視されているということではないか。
常に誰かに見られて監視されている生活は窮屈そうな感じがする。
あえて口にはしなかったがさも当たり前の感覚になっている希世が少しだけ怖くなってしまった。
「べつに何も気にすんなよ、ここに入り込んでる時点で誰かしらには見られてんだろ、というかここに誰もいねえのは明らかおかしいよな」
「それは確かにそうね、ここで作業している人は少なからず席を離れられないはずなのに」
人すらいられないエラーが起きてしまっているのだろうか。
「人体に影響のない範囲で臨床試験は作成・実施をしているからこんなことは無いはずなのだけれど…おかしいわね」
きっと全ての事に疑問を持ち出すとキリがないような気がする。少しペースを速めてまひるがいないかの映像を探ってみることにした。
「今日の記録だけじゃなくさかのぼれば過去に誰がここを通ったのか履歴が見られるわよ」
「すごいですねその機能…」
「人の判別はどうなんだ?」
モニター画面を片っ端から覗き込みながら隆大が希世に問いかけた。
「もともとの人相の写真から3Ⅾへ変換して違和感ないかチェックしているの。照らし合わせに長けている点では間違いないわ。私がこの部屋に入るときに使ったIDもそのカラクリよ」
カードに登録された人相からそれをセキュリティーに活かすのだ。思わず感嘆の息が漏れた。そういうことに疎いからか、知らないことを知る機会に探求心が前進していく。