僕と彼女と再訪Ⅱ
「「うわあぁぁぁ…!!」」
やはり地面が無くなってしまうのは怖さしかない。
あられもない声を出しながら、これまたあられもない姿勢になりながらなんとか地面へ辿り着いた。しかし暗闇の中で周りに何があるのか全く確認できない。
「さあこっちよ」
迷いの一切見えない希世が暗闇の中歩き出していく。
大柄な隆大と肩を摺り寄せながら、東島は微かな足音と気配を追いつつ希世の向かう方を目指した。
「前にもすごいなと思いましたけど希世に怖いものは無いんですか…?」
「さあね、どうかしら」
いつだったか母親が、女性が誤魔化したり理由を言わない時は何かしらの事情があるときだと幼い時に教わった。普段は優しい母の表情が悪戯っぽくて、それが珍しくて覚えていた。そこでふと小さな時の記憶があるのになぜこの”災害仮想空間”の事はあまり覚えてないんだろうか。
改めて疑問に思うが、今はここの道を抜けて”KISEI ROOM”へ向かい、この空間から抜け出したい。ひとまずの目標はそれに絞るしかないのだ。
暗い中での目印は希世の金髪だ。ゆらりと揺れるそれは風向きを教えてくれる旗のように、少し気持ちを落ち着かせてくれる。しっかりとした足取りの希世を追いかけながら、怖いものなど無いのだろうかという先ほどの陳腐な質問は止めておいた方が良かったかと反芻する。
「腰を打ち付けたはずなのにここの空間じゃァ何ともねェ…やっぱり変な場所だぜェ」
「確かに…高さがあるはずなのに怪我っぽい感じが全くしない…」
「まァでも気は緩めない方がいいかもな、でも無理なことは先に言えよォ」
どこまでも気遣いのできる男である隆大には弟がいる。仮想空間では弟を巻き込まないために自身が参加した流れではあったが、本当のところは実は希世も分かっていない。そろそろ暗い道から抜け出るところまで差し掛かった。
「やっと出られたわね」
心なしか安堵のため息にも聞こえた希世のそれは、隆大と東島にも同意だった。
「白くて大きい建物があんなに並んでる…あれ全部希世のおとうさ、十四郎さんの研究室?」
「そう、ここの地下を作ろうと設計・計画したのもあの人よ。白いのは色を決めるのが面倒だったからじゃない?」
「そんな決め方でいいのかァ」
ごもっともな感想を述べつつ、目標の部屋へ着いた。”KISEI ROOM”…―――
「こんなすぐ見つかったっけ」
「まず食料が残ったままになっているか確認するわ、水も、気づかないうちに不足して倒れるようなことがあったら大変よ」
「賛成だ、航大は?」
「僕もそう思います、ただこの後は僕寝てしまっているんですよね」
「急に降ってきて水分を取った後にね」
どこか面白がっているような希世の話し方に少し笑ってしまった。
余裕が無いのは変わらないが、あまり追い詰めても仕方ないのかもしれない。
「部屋の中には入れそうかァ?」
「何ともないわ、パスワードも変わっていないみたい」
ウィーンと自動ドアが開き、横に並びながら中へと進んでいく。
真っ赤な家具たちが並んでいる。真にちかちかとするが、慣れている希世と、自身の髪が赤い隆大にはなんの影響もなかった。部屋は白いコンクリートのような硬そうな壁で囲まれているがところどころに窓がある。地下にあるため日光が入り込むことは無いが、
「システム自体全部にエラーが起きてるわけじゃァねェんだな」
「そう、その辺りもここの部屋にあるモニターで確認できるはずよ」
口で言い合いはしても頭の切れる者同士のようなテンポ感がいいやり取りに、少しだけ羨ましさを感じた東島は俯いてしまった。
「どうした航大、」
「大丈夫?少し休む予定だけれど横になった方が…」
気にかけてくれる優しい二人にちょっとだけ罪悪感を感じてしまう東島は、横に首を緩く振りつつ、朧げな記憶を頼りに声を発した。
「ありがとうございます、ここは見覚えがあって…このあと隆大くんに会ったなぁって」
「休んだ後、書架に行ったのよね」
「あァ、そうだな」
赤髪が目立つ隆大と金髪を結わえた希世に挟まれながら、何とも言えない気持ちになる東島は、こっそり二人に見えないようにして胸元のあたりをぎゅうと掴んだ。
さて、ここである疑問が浮かぶが、なぜ希世と東島、隆大が”仮想空間”へ閉じ込められてしまったのか。なぜ、仮想空間にいた時の記憶を探そうとして曖昧なままにしておかないのか。PTSDを抱えている人ならば、不安に駆られるようなことを自発的には行わないのが大半であるが、東島は疑問に思ったことほど解き明かしたいという謎の使命感を生まれつき持っていた。そもそも東島の記憶していたことの中に何か不都合なことがあったのか、目的不明なまま歩むのは危ないと口には出さずとも希世も分かっていた。
そこで希世はある提案を持ち掛けた。
「ここでの生存者に協力を仰がない?」
「生存者?」
「この後書架に行った後藍澤君と会う。その前に私と東島君が会っているならこの後会うのは誰か覚えている?」
「…確か…この腕輪が光って焦って…長い距離を走ったような」
「そう、その先に待っていた人は覚えているかしら。」
「まひるだ」
今回アルバイトの都合がつかず、不参加になってしまってここにはいないはずのまひるにどうヘルプを頼むというのか。
「ここに参加した履歴をどうにか復元できないかしら」
それはもはや提案ではなく核心に迫る内容だった。
「僕たちが参加した履歴ってまさか」
「だったら俺たちが今回焦って参加した意義が無くならねェか」
と、若干諦めた口ぶりで隆大は独りごちた。
「これから向かうのは書架へ、そのあと試験体が並んでいる研究展示室。そこで履歴がないか調べるの。KISEI ROOMで見られるデータは限られていたから」
「僕たち以外がいるかどうか…探すってことですか」
「そう、そして誰も存在していないはずの仮想空間に”私たちが閉じ込められたタイミングの良さ”って事がどういう意味を持つのかしらね」
やはり希世は頭の回転が速い。追いつけそうですぐに引き離される。
再び希世と隆大の二人に挟まれながら三人で書架へと向かった。