僕と彼女と忘れ物Ⅱ
「こんな光り方…何だろう」
柔らかく放つ光は”片割れ”の手の中に収まりきらず、少しずつ大きくなっていく。
『懐かしい温かさ…なんだか不思議』
鏡を見ているかのように自身の記憶が実体化し、こうして目の前にいるのは相変わらず理解が追い付かないのに、お守りから発する光の何かはどこか安心感を覚える。ふと感じた母の温もりに似た光はどんどん大きくなっていく。
《東島くん、聞こえますか》
雑音がジジジ…と響いたかと思うと、急な久坂からの投げかけに驚いた。手の中で光るお守りを見ていた目をぱちぱちと瞬きでリセットさせ、東島は辺りを見回した。光の残層がぼんやりと黒い影となり、頭の周りを巡回する。
《こちらからの問いかけが聞こえているかどうか視認できないのでこのまま話します。今、君たちが臨床試験に入り経過した時間は3時間弱。これ以上滞在すると体内の意識数値が低くなり、昏睡状態となってしまい危険です。腕輪を使っての緊急脱出が不可能だと判断したため、外部から通信を出来ないか模索した結果、現実世界での電気ショックで意識を呼び戻します。かなり強引ではありますが微弱なため身体には影響が一応無いようにします。》
「待って一応って!そんな急な…といっても既に3時間が経過…?時間の流れがやっぱり外部と…?」
《ではこのまま声でのメッセージ送信は終わりますが、仮想空間から何かしらの信号がこちらの端末が確認できた場合にはこの限りではなくなります。どうかご武運を》
「久坂さん!!?待って、嫌です!静電気でも苦手なのに…!!」
悲痛な東島の叫びは久坂に聞こえること無く…今の久坂の声は、隆大や希世にも届いているのだろうか。それなら東島が”片割れ”と合致さえすれば、現実世界に戻ることが出来る。そう信じて希世の母にも会いに来たのだ。自身の記憶と"決別"ではなく。"邂逅"するために。
「正直に言うと、そのお守りが僕のPTSDを生むトリガーになるなら忘れたままの方が良かったって思ってた」
東島は聞こえてきた久坂の音声にハッと思いついたことを反芻しながら、一筋の光を見出した。
『今だってまともに見られないのに何を…?』
「希世が仮想空間でお母さんと話せないように仕組んだのは多分十四郎さん自身が話せなかったからで…。製作者が話せないように作るシステムなんてそんな不便なこと考えつかないと思うし」
『僕が君の中に戻る保証はないのに暢気すぎるんじゃないかな』
「それもそうなんだけどさ、なんだか僕自分の事よく分かってなかったし。記憶だけ置いて現実に戻るなんて僕が考えてやるにしてはあまりにも急すぎるというか。ほら僕ちょっとズレてるところあるから」
『自分で言う?それ…』
「さて、じゃあ久坂さんが電流流す前に帰らないと。ショックで呼び戻されるのも嫌だし。人助けがしたいなら仮想空間にいる人じゃなく、身の回りの人にしようよ。手に届く範囲の人をね」
う、と詰まった声を出すと、”片割れ”を覆っていた張り詰めた空気が少し緩んだ。
「さて改めて…僕と一緒に戻るなら、父さんに聞こう。直接自分の気持ちを伝えるんだ。」
『そんなこと言ったって、父さんはあの災害以来、まともに家の事をしなくなったじゃないか』
「それで家事スキルが上がったんだし、ある意味課題てことで、まずは希世たちと合流しよう」
『そんなにすぐ受け入れられないでしょう、僕だって、君だって本体と記憶の欠片なんだから融合するには何かキッカケがないと…』
「希世のお母さんからヒント貰った。これはなった本人しか分からないことだし、ある意味大学の課題と思えば、十四郎さんだって何か力になってくれるかも」
『それは希世が許さないんじゃない?』
「確かにそうかもしれない」
初めてまともに目を見て話せた感じがした。鏡のように”片割れ”と額を近付ける。東島と無くしていたはずの記憶との境界が少しだけ揺らぐように、辺りが次第に大きな渦となってお守りから発する光が東島自身を包み始めた。
「さあ行こう、僕たちが目指すのは地下なんかじゃない」
『僕に言うのも変な感じがするけど、結構強引なところあるよね』
「まあね、あ、そこが母さんと似てるとこだ」
『嬉しくないって言えば、怒られそう』
入ってきた部屋が完全に崩れ去り、目の前には心配そうな希世と、隆大が顔を覗き込んでいた。
「おいっ!大丈夫か航大!!」
「東島君…良かった目を覚ましてくれて…」
心底安心したようにほうっと膝をついて、寝かせられていた石畳から上半身だけ起き上がると、入る前に見た噴水と水晶が並んでいた。その水晶の側に、”片割れ”が立っていた。