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僕と彼女と忘れ物Ⅰ

『希世のお母さんとは話せた?』


もとより記憶を取り戻すために、希世と隆大と共に再び臨床試験に参加することになった。先ほど振り返った記憶の中に東島自身が忘れようと無意識に失くしていた”母の記憶”。危うくPTSDのトリガーが発動しなかったのは幸いだった。

慎重に、と希世から言われていたのを改めて自身に落とし込むと真っすぐに見据えた。その視線に気づき、冷静に”片割れ”は今までのにこやかだった表情から笑みが消える。

『僕がここから出たいのはただ君のもとに戻りたいだけではないよ。仮想空間ここに残された試験に参加した人の無念や気持ちが溢れてしまうほど、悲しい気持ちで埋まってるんだ。そこからすべて曝け出してしまえば、こんなに救われることも無いだろう』

希世の父・十四郎が仮想空間ここで叶えたかった願いが、東島の”片割れ”に移植されているような言葉となってずっしりと東島の心へ圧し掛かる。

「大切な人が亡くなるのは…生きていれば、必ず誰しもあり得ることなんだ。先に自身が居なくなる可能性だってある。だから…」

『お母さんがいなくなった時には受け入れられなかったくせに?』

責めるような話し方にふと思いが立ち止まる。ここまで自身から言われるなんてあり得るのだろうか。特殊な環境下で自分だけが救われているだなんて、過去の自然災害の前では、みな無力に等しかった。

「それは…」

その時だった。閉じられたはずの密室空間に揺らぎが見え始めた。

姿は見えないが、どこからか、聞き慣れた声がする。


「さっきから何言ってんだァ?航大を責める奴は誰だろうと容赦しねえぞ」

語尾に癖のある迫力の怒声…

「隆大くん?!!」

「遅くなったな航大!姿はまったく見えねえが無事かッ!?」

いったいどこから声が聞こえているのだろうか。空間の揺らぎがどんどん波打ち、広がっていく。

「本音はしんどい!でも今びっくりして元気が戻りました!!」

「おお?!それならとりあえず良かった!」

偶像なのか、声だけ通るバグなのか分からない。しかし先ほどまでの暗かった心情は不思議と吹き飛んだ。

『隆大くんいしきだけ飛ばしてきたのか。なんて強い…、凄いなあ』

「今は現状どんな感じだ?!”片割れ”は見つかったのか?今話してんのはどっちだ、」

「ややこしいことにどっちも僕の声なので判断できないと思います!ただ物騒で険悪な声が僕の”片割れ”です!!」

「なるほど分からないなァ!!」

揺らぐ空間はぺらりとめくれて本のページのように、隆大の声だけが響いてはためいている。外部の空間と繋がりそうなきっかけが見つからないかと東島は辺りをキョロキョロと見回す。

すると”片割れ”がいつの間にか手にしていた藍色のお守りがわずかに光を放っている。

「そのお守り…」

ボソリと呟いたその単語に”片割れ”はビクついた。

『何、…さっきまで気づいていなかったのに』

「それ、もしかして母さんが持っていた」

『…何で、…』

「記憶を無くしていた間……何か引っかかる物があったんだ。それが…」

ただのお守りではない。中学の修学旅行で東島が母に買ってきた交通安全のお守りだ。神社のお参りの時にふと思い立ってお土産にしたものだった。

『母さんが最後までずっと手放さないでいたお守りだよ』


”片割れ”がひっそりと手にしていたそれは内側からほのかな白い光を発している。

それは母が見つかった時に父から、母の手に大事そうに握られていたと聞いた。動揺していてその時にはっきりと何と言われたか定かではないのだが、そう言っていた。

修学旅行から帰宅してすぐ、母が洗濯物をたたみ始めている縁側で、お土産として手渡した。その後すぐに母が車のバックミラーへ大事そうに括り付けていたのを覚えている。自身が危ないと分かっていながらそのお守りを取りに言った矢先に巻き込まれたのだとしたら…

「うわあああああああああああああっ」

東島の中に”総ての記憶”がなだれ込んでくる。

避難所で生活していたあの日々。

土砂崩れが起きてから、母が亡くなったと父から聞くまでの走馬灯が全神経を痺れるように駆け巡った。心臓の鼓動がドクンドクンと尋常じゃない速さで全身へ血液を送り出す。

血の流れが急激に速くなるのが分かった。感情が溢れ出て静まらないダムのようにカアッと頭が熱くなる。

『…止まらないんだ後悔が』

「記憶が無くなったのは君のせいじゃなかったんだ、こうして僕が僕じゃいられなかったから、切り離したんだろう?」

『災害の記録を元に臨床試験をするって君が決めた時、君が”僕”と一緒になれば正気でいられなくなるって分かった。じゃあここの空間にいる人すべてを救えば、きっと…』

自身が救いの一手となれば、この後の”僕”が元に戻れるのでは、と考えたのだ。

正気を失わず、苦しい思いをせずに元の現実世界で生きていけると。


そう心の中で考えた時、母にあげたお守りが力強く光りだす。














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