僕と彼女と片割れⅢ
「優太くん?どうして隆大くんの身体から声を、」
「本当は直接行く予定だったのに行けなくてすみません。兄さんが一緒だと聞こえたので意識だけ飛ばして体のリンクはさせずに来ました。」
「おい俺の身体で何を…」
一人で話しているのに藍澤兄弟が互いに発するのは間違いなくそれぞれの言葉だった。
「兄さんごめん、少しだけ身体を借りるね」
「ちょ、おい…!!」
すうと息を吐くと見た目は隆大なのに目尻が少しだけ柔らかくなって、優太が話し出す。
「兄さんが来る前に意識だけ仮想空間に飛ばしたんですがやっぱり話すことが難しくて、兄さんが遅れて入った後、隠れて通信を繋いだんです」
「優太くんそんなこと出来たんだ?」
「将来的に進みたいジャンルであったので希世さんや久坂さんには遠く及ばないんですが。それで僕、皆さんに話したいことがあって」
「話してくれるかしら」
希世は最初は驚いたものの、すぐに冷静に優太の話に耳を傾けた。
「僕が仮想空間で航大くんの声を聞いたのは、この先にある噴水のある所から行ける地下からなんです」
「地下?」
「ここから出てルート的に一番複雑化している所よ。そこから地下に入っても順路が毎回変わるか無くなっているかのどちらか。母の記憶も保存されているの」
「じゃあ僕たちが目指している場所になるのかな!すぐ向かおうよ」
「さっきも言ったでしょう。何かのバグで起きた偶然に身を任せるのは危ないって。私は賛成できないわ。精神世界がどんな痛みや障がいをもたらすか分からないの、君はこれまでに何度倒れたかしっかり自覚してもらわないと困るわ」
「でも、そうしないと僕たち仮想空間から出ることも出来ないんじゃ…」
東島にとってPTSDは正直、突然に訪れるためどうなるか分からないし、発作が起きないようにできるだけ安静に過ごさなきゃいけないのも頭では分かっている。でも、東島たちが仮想空間から出るにはこの方法を試してみるしかないと優太は言うのだ。
「それは…」
まるで罠のようなリードの仕方に疑問を抱いてしまうが、そのことを誰よりも理解しているのは希世だ。隆大は優太の意識に持っていかれているため言葉を発することはできないが、東島の心を一番に案じている。どちらにしても答えを出すには希世の母親である”彼女”の手助けが必要だ。
『さて決まったかな?僕をここから連れて行ってくれるかどうか』
保証されている安全ほど心強いものは無い。また逆を言えば今回はその保証がないのだ。心配性な性格から何度も確認したりやり直すことが可能ならばなんだってトライしたい。ただここでは誰もが一つの可能性に賭けることを望まざるを得なかった。
「僕の”片割れ”と言うなら僕の力になってほしい。希世のお母さんと話がしたいんだ。僕と一緒に”彼女”のもとへ連れて行って」
少しの沈黙の後、”片割れ”は『着いてきて』というと、遠く声が離れていった。
「兄さんずっと借りていてごめん、そろそろ返すね」
「待って、噴水の地下へに行けば希世のお母さんに会えるってこと?それで、どうして優太くんがそれを知っているのか教えてくれないかな」
「僕が意識だけを飛ばしたとき流れてきたんです。仮想空間へ一度目にきたとき、航大くんが見たもののの光景の断片が…僕にはこれしか出来ませんでしたけど」
切なげな表情で呟いて、優太の意識がなくなったのが目に見えた。ふらりと元の吊り上がった目元に代わり、東島の腕を掴んだ。
「わあ!」
「おい優…!!…悪い航大、掴んで痛かったよな」
「ううん大丈夫、優太くんは僕の記憶を取り戻そうと手伝ってくれたんです。ありがとうございます。」
「でもよォ…」
「藍澤君もう四の五の言わない。東島君が行くと決めたのなら私たちが動揺してどうするの。危ないのは承知の上で母と向き合おうとしてくれているのを止めることなんてできないわ、私には」
半ば諦めのような顔にもとれる希世の表情にどこか気を落としながら、東島たち三人は”片割れ”がいるであろう噴水のある方へ歩み始めた。