第二章:強制連行と、運命の輪っか
「運命を、断ち切る…だと?」僕の脳内はハテナマークでいっぱいだった。そもそも、僕なんかの凡庸な人生に「運命」なんて大層なものが存在するのか?
マドカは僕の呆然とした表情などお構いなしに、キラキラとした目で僕を覗き込んだ。その瞳の奥には、どこか遠い昔の記憶を宿しているかのような、深い光が宿っていた。僕の貧相な思考回路では、到底理解できないタイプの輝きだ。
「さあ! 参りましょう、タカシ殿! わたくしたちの宿命は、今、この瞬間に繋がり申した!」彼女はそう言うと、僕の腕を掴んだ。華奢な指先なのに、とんでもない握力だ。まるで、巨大な毒きのこの傘に吸い付かれているような、そんな妙な感覚に陥った。
僕は引っ張られるがままに、コンビニの自動ドアを飛び出した。夜の帳が降りた街は、ネオンの光でぼんやりと照らされている。僕らが向かう先は、闇に溶け込むように佇む、見慣れたはずの裏路地だった。しかし、マドカに手を引かれていると、そこが全く別の世界への入り口のように感じられた。
路地裏には、古びたゴミ箱がひっくり返り、得体の知れないシミが地面に広がっている。いつもなら「うわ、汚ねぇな」としか思わない場所だ。でも、マドカが隣にいると、その薄汚れた景色すら、どこか神秘的に見えてくる。彼女の存在が、世界の解像度を上げていくような、不思議な感覚。
「あの、どこへ行くんですか?」僕は恐る恐る尋ねた。僕の問いかけに、マドカは立ち止まり、夜空を見上げた。満月が、まるで巨大なマッシュルームのように浮かんでいる。
「もちろん、『きのこ大樹』へと続く道を開くためなり! そこに、全ての真実が眠っているのなりよ!」マドカは、まるで僕が当然知っているかのように答えた。きのこ大樹? 真実? 僕の頭の中には、疑問符しか浮かばなかった。
彼女の言葉は、まるでどこかの古代遺跡に刻まれた、意味不明な象形文字のようだ。理解不能。だが、その声には、有無を言わさぬ確固たる意志が宿っていた。僕は抗うことを諦め、ただただ彼女に身を委ねた。
すると、マドカが地面に手をついた。そして、突然、地面がぐにゃりと歪み始めた。コンクリートが波打ち、アスファルトが粘土のように形を変える。信じられない光景だ。まるで、この路地裏全体が、巨大な生き物になったみたいに。
そして、地面からゆっくりと姿を現したのは、鈍い光を放つ、巨大な歯車だった。錆びついた金属の匂いと、土の匂いが混じり合う。それは、まるで時を刻む機械のようでもあり、世界の根源を司る装置のようでもあった。
「これは…?」僕はゴクリと唾を飲み込んだ。マドカはニッコリと笑った。その笑顔は、どこか悪戯っぽい子どものようでもあり、そして、途方もない力を秘めた魔女のようでもあった。
「これは、運命の輪っか。そして、貴方とわたくしの、新たな旅の始まりなりよ!」 マドカはそう言い放つと、巨大な歯車に手を置いた。僕の心臓が、ドクンと大きく鳴った。この瞬間から、僕の退屈な日常は、完全に終わりを告げたのだ。