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普通じゃいられない、って言われた日

「氷室さんと朝一緒に登校してたよね? あれって……付き合ってるの?」


昼休み、教室の隅っこでパンをかじっていた僕に、

同じクラスの男子・村井が何気ない調子で声をかけてきた。


その声に、周りの空気がふっと変わるのがわかった。

誰もあからさまには聞いてこない。でも、耳だけがこっちに向いてるのが分かる。


「え、いや……そういうんじゃないよ。幼馴染だから、一緒に通ってるだけで」


「ふーん……でも氷室さん、あれだけの美人だし。正直、噂にもなるでしょ。

 神崎も言ってたよ。『あれは流石に不釣り合いすぎる』って」


村井は別に悪意があるわけじゃない。

ただ、話題のひとつとして投げてきてるだけ。

でも、言葉はちゃんと刺さる。


“釣り合い”って、なんだよ。


僕はうまく笑ってごまかすこともできずに、パンの袋をそっと閉じた。


 


 


放課後、図書室の前で沙耶が待っていた。


制服のスカートが少しだけ風に揺れて、

差し込む夕陽が彼女の髪をオレンジに染めていた。


その姿を見ただけで、胸がぎゅっとする。

なんでだろう。会うたびに、どんどん綺麗になっていく気がする。


「ごめん、急に呼び出して。少しだけ、話せる?」


沙耶は静かに、でもどこか決意を込めた目でそう言った。


 


図書室の窓際、人気のない席に並んで座る。


「ねえ、碧斗。今日、誰かに言われたでしょ?」


「……どうしてわかるの?」


沙耶は少しだけ、眉を下げた。


「だって……顔に出てるもん。昔から、そういうとこ変わらないよね」


彼女は笑う。でも、その笑顔はほんの少しだけ寂しそうだった。


「“釣り合わない”とか、“もったいない”とか。“普通じゃない”とか」


「……うん。まあ、そんな感じのこと」


僕の声は小さくなった。

自分でも、なんでこんなに気にしてるのか分からない。


ただ、確かにあの言葉たちは、僕の中に棘を残していた。


「でもさ」


沙耶が、真っすぐこちらを見る。


「私が“好き”って思ってる人に、“ふさわしくない”って言われるの、悲しいんだよね」


「……ごめん」


「違う、碧斗が謝ることじゃない。

 ただ、私は……誰かの“ふさわしいかどうか”じゃなくて、自分で“好き”を選びたいだけ」


「例え、周りが変な目で見ても? 僕と一緒にいることで、沙耶が嫌な思いをしても?」


「うん」


沙耶は即答だった。


「嫌なこと言われたら、私が戦うよ。

 自分の“好き”を、誰かに合わせたくない。

 それって、自分を曲げるってことでしょう?」


 


静かな図書室に、彼女の声だけが真っすぐ響いた。


強い。

この人は、こんなにも強いんだ。


“誰かに選ばれる”んじゃなくて、“自分で選ぶ”。

その覚悟を、もう決めてる。


そしてその“好き”の矢印は、僕に向かっている。


そのことが、嬉しくて、こわくて、苦しくて。


「沙耶……」


「うん?」


「僕、たぶん、まだ答えを出せない。自信もない。

 でも……逃げないようにしたい。君の“好き”に、ちゃんと向き合いたい」


彼女は目を見開いて、少しだけ間を空けたあと、静かに笑った。


「それで、いいよ。そうやってちゃんと考えてくれるの、碧斗らしくて好きだよ」


そして、そっと僕の手に触れる。


柔らかくて、あたたかくて、でも確かな意志を宿した指先。


彼女の“好き”は、戦いなんだ。


優しく、静かで、強い戦い。


僕はその手を、少しだけ強く握り返した。

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