それでも、幼馴染だから
登校中、氷室沙耶はいつも通り、隣を歩く僕に話しかけてくる。
「ねえ碧斗。今日の髪型、どう思う?」
「……え、ああ。似合ってると思うよ。いつも通り、可愛い」
僕は努めて自然な声を出す。
沙耶は満足げに微笑んで、小さく頷いた。
「そっか。ありがと」
その笑顔を見ると、胸がぎゅっとなる。
これまで何度も見てきた笑顔なのに、最近はどうにも落ち着かない。
なんでだろう。
たぶん、自分でも気づかないうちに“距離”を測ってるからだ。
自分に、彼女の隣がふさわしいのかどうか。
そんなことを考えてしまう自分が、情けなくて嫌になる。
小学校の頃の僕らは、毎日が当たり前だった。
ランドセルを並べて登校して、放課後は泥だらけになるまで遊んで、
どっちが速く走れるかで本気で競争して、転んで、泣いて、笑って。
その頃はまだ、彼女がどれだけ特別なのか、僕は知らなかった。
中学に入った頃、沙耶は「すごい」って言われるようになった。
勉強ができて、スポーツも強くて、誰にでも優しくて。
気づけば、いつも中心にいた。
僕といるときも変わらず接してくれていたけど、どこか…遠くに行った気がした。
「碧斗って、変わんないね。安心する」
ある日、そう言われた。
なんてことない帰り道、校門の前。
彼女はランドセルを背負っていた頃と変わらない声で言った。
「私、うまくやるの得意だから。誰とでも話せるし、勉強も頑張れるし」
「でもさ、本音言える人って限られるんだよね。あんまりいないの」
僕は、そのときの沙耶の横顔を、今でも忘れられない。
強くて、優しくて、でも少し寂しそうで。
「碧斗だけは、私が私でいられるって思うの。だから、隣にいてほしいなって思うの」
そう言ってくれた彼女の気持ちに、僕は――答えられなかった。
ただ、頷くだけだった。
「ねえ、覚えてる?」
ふいに沙耶が口を開いた。
「昔さ、私が捻挫したとき、碧斗が一人で保健室までおんぶしてくれたの。あれ、いつだっけ?」
「え? あー……五年生のとき、じゃなかった?」
「あのとき、すごく痛くて泣きそうだったんだけどさ。
碧斗の背中があったかくて、恥ずかしいけど、安心したんだよ。覚えてない?」
「……なんとなくは」
そう言うと、沙耶はくすっと笑った。
「私は覚えてるよ。だって――あのとき、決めたんだもん」
「え?」
「この人のこと、好きになるって。勝手だけどね」
歩きながら話していた彼女の足が止まる。
通学路の角、いつもの分かれ道。
沙耶は僕をまっすぐ見た。
「私が碧斗を好きなのって、ただの幼馴染だからじゃないよ」
「うん」
「“幼馴染だから”じゃなくて、“碧斗が碧斗だから”。私は好きなんだ」
その言葉に、喉の奥が詰まったようになって、返事ができなかった。
なんでだろう、彼女の“好き”は、どこまでもまっすぐで、
僕はそれに――答えられそうで、答えられない。
そんな自分が、悔しくて、情けない。
「ごめん、急に。行こっか」
そう言って、何でもないようにまた歩き出す沙耶の背中を、
僕は少しだけ距離を空けて、追いかけた。
ほんの一歩ぶん。
それが、まだ僕の“限界”だった。